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ブルーテイル・ハピリス‐世界に嫌われているダークエルフが世界を救っては駄目ですか?‐  作者: aki.
3、ダークエルフ

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教会跡地にて





 村を離れた清龍は、夜の闇に沈む教会跡地へと足を運んだ。

 風は冷たく、草木を揺らす音だけが静かに響いている。


「朱咲!」


 呼びかけると、教会の前に立っていた女性がゆっくりと振り返った。

 番傘を差した朱咲は、いつもと変わらぬ穏やかな笑みを浮かべている。


「こんばんは、清龍」


 短い挨拶を交わした後、清龍はすぐに教会へ視線を向けた。


「……ここか?」


 問いかけに、朱咲も古びた建物を見上げる。

 月明かりに照らされた教会は、もはや廃墟と呼ぶに相応しい姿だった。壁には無数の亀裂が走り、屋根はところどころ崩れ落ちている。


「ええ」

「刻印絡みか?」

「わからないわ。ただ、似たような気配がこの中を漂ってる」


 その言葉を聞き、清龍は無言で敷地へ踏み込んだ。

 壊れかけた扉の前に立つ。

 錆びついたドアノブに手をかけ、ゆっくりと押し開くと、甲高い軋みが夜の静寂を裂いた。

 同時に、長年積もっていた埃が舞い上がる。


 清龍は目を細め、そのまま中へ足を踏み入れた。途端に、肌を刺すような禍々しい気配が全身を包む。

 腰に差した刀へ手を添え、眉をひそめて警戒を強めながら周囲を見渡した。


 朽ちた長椅子。砕けた窓ガラス。

 半分以上欠け落ちたステンドグラス。

 どこを見ても荒廃の痕跡しかない。

 それでも、気配は確かに存在していた。


 一歩ずつ慎重に進み、祭壇跡の近くまで辿り着く。

 視界の端には一枚の扉が見えた。

 どうやら気配の源はその奥らしい。


「(あそこか……)」


 清龍は、その扉のもとへ向かおうとした。

 その時、背中に小さな衝撃が走る。


「!」


 反射的に振り返ると、朱咲がぴたりと背中へ身を寄せていた。

 両腕が清龍の身体へ回される。


「……何の真似だ?」


 問いかけても返事はない。

 静寂だけが流れる。


「……朱咲」


 名前を呼ぶと、ようやく彼女は口を開いた。


「……清龍」


 その声には妙な熱が宿っていた。


「やっぱり、私じゃ駄目かしら?」


 着流しを握りしめながら、朱咲は震える声で続ける。


「あの子より、私の方が貴方を理解してるわ。どうして貴方は私じゃなくて、あの子を選んだの?」


 その言葉を聞き、清龍は深く息を吐く。


「…その話は終わったはずだ」


 身体を反転させ、朱咲と向き合う。


「お前も理解してくれただろ」


 朱咲は黙ったまま顔を上げた。

 その瞬間。清龍の表情が凍りつく。

 彼女の瞳は、血のような赤色に染まっていた。


「お前、その目……!」


 即座に朱咲の肩を掴み引き離す。

 そして懐から一枚の札を取り出し、その胸へ叩きつけた。

 札に刻まれた陣が青白く発光する。

 清龍が呪文を唱えると、光は鎖のように伸び、瞬時に朱咲の身体を拘束した。


「っ……!」


 苦痛に顔を歪める朱咲。

 その後、清龍は周囲を睨みつける。


「くそ……それほどか」


 この場所に満ちる何かが、人の心へ直接干渉している。


「……私を縛るなんて酷いわ、清龍」


 体を揺らし、朱咲は小さく笑う。


「でも、昔からそうだったわよね。私、一度でいいから貴方に縛られたいと思っていたのよ」

「朱咲、気をしっかり保て!」


 清龍は叫ぶ。


「気配に呑まれるな! このままじゃ――っ」


 言葉の途中で視界が揺れる。

 足元がぐらつく。

 脳が掻き回されるような感覚に、清龍は歯を食いしばった。


「っ……!」


 異変は止まらない。


「どうして……?」


 朱咲の声が響く。


「どうしてあの子なの?」


 恨みと悲しみが混じり合った声。


「どうして私じゃ駄目だったの?」


 赤い瞳が涙で揺れる。


「私の方が貴方を理解してるのに。貴方のこと全部知ってるのに」


 やがてその感情は濁流のように膨れ上がり、声が教会中へ響き渡った。


「どうして!どうしてどうしてどうしてどうしてどうして!!」


 叫びと共に空気が震える。

 清龍は刀を抜き、刃を朱咲に向けて呪文を唱えた。


 だが。


「清……」


 そこで、聞き慣れた声が耳に届く。

 目の前に桃華が立っていた。


「桃華……?」


 清龍は目を見開く。

 あり得ない。

 彼女は家にいるはずだ。

 帰りを待っているはずだ。


「なんでここに……」


 桃華は悲しそうに微笑んだ。


「どうして?」

「え?」

「どうして、本当のことを言ってくれないの?」


 涙が頬を伝う。


「私、ずっと待ってるよ」


 震える声。


「なのに、何で言ってくれないの?」


 清龍は言葉を失う。


「私、清の力になりたい。少しでも清が楽になれるようにしたい」


 涙を拭うこともせず、彼女は訴える。


「なのに、清は何も話してくれない」


 胸が締め付けられる。


「……やっぱり清が私を選んだのって、刻印があったから?」

「え?」


 桃華は左手の甲を見つめた。

 そこには刻印がある。


「清、最初から知ってたよね?私が刻印持ちだって」


 静かな声。


「知らないふりをしてただけで、本当は出会った時から知ってたよね?」

「違う…っ」


 だが桃華は聞かない。


「清は朱咲さんとずっと刻印を探していた」


 赤く染まった瞳が清龍を見つめる。


「刻印持ちは世界に仇をなす存在。だから見つけたら殺す」

「違う……!」

「だから私が刻印を持ってるって言った時、貴方は私を殺そうとした」

「何を言って、…そんなわけない!」


 清龍は叫ぶ。


「私をそばに置いてるのは、その方がいつでも私を殺せるからだよね?」

「違う!俺がお前をそばに置いているのはそんな理由じゃない!」


 しかし視界はさらに歪む。

 身体から力が抜ける。

 刀が手から滑り落ちた。

 金属音が床へ響き、膝が崩れ落ちる。


「っ、……は」


 吐き気。眩暈。

 呼吸さえ苦しい。


「清」


 桃華はしゃがみ込み、彼を見つめた。


「私、清のこと好きだよ」


 優しい声。


「清も言ってくれたよね」


 涙を浮かべながら微笑む。


「私を好きだって。愛してるって」


 意識が霞む。


「……もも、か……」

「刻印は呪いから生まれた。だから排除しなきゃいけない」


 桃華は静かに続けた。


「でも刻印は人間と一体になってからでないと浮かんでこない」


 囁くような声。


「だから消すなら、その人ごと殺さなきゃいけない」


 清龍の心を抉るように言葉が重なる。

 そして桃華は微笑んだ。


「ねぇ、清。言っちゃった方が楽だよ」


 クスクスと笑う。


「私を愛してるなんて嘘なんでしょ?」


 赤い瞳が揺れる。


「本当は私を殺したくて仕方ないんでしょ?」


 教会の闇が濃くなる。

 このままだと、完全に気配に呑まれる。


「ほら」


 彼女は優しく手を差し伸べた。


「受け止めるから、言ってみて」

「っ、…」


 薄れゆく意識の中で、清龍はただ彼女を見つめる。

 その赤い瞳の奥に映ったのは、苦痛に顔を歪めた自分自身の姿だった。



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