小さな侵入者・2
「あなた、この前会った時はもっと大きくなかった?」
ルーンは床の上に座り込み、目の前にいる白黒の虎…百虎をじっと見つめていた。
首を傾げながら問いかけてみるも、百虎は聞いているのかいないのか前足を舐めて毛繕いを続けている。
気にした様子もないことから、どうやら返事をするつもりはないらしい。
隣では亀と蛇…幻武もくつろいでいる。
三匹の落ち着きようは、まるで自分たちの家で過ごしているかのようだった。
「え、えと……」
ショウコが遠慮がちに口を開く。
「この小さな虎たちは……どうしてここに?」
「……さぁ。まったくわからないわ」
ルーンは眉尻を下げる。
それが正直な答えだった。
百虎と幻武を見つめながら考えてみても、理由は思い浮かばない。
なぜ温泉小屋にいるのか。
朱咲はこのことを知っているのか。
わからないことだらけである。
そんな時。
「あっ!」
服を着終えたフィラーラが声を上げた。
「ルーン、これ見て!」
彼女は籠の中から何かを取り出し、駆け寄ってくる。
差し出されたそれを見ると、それは二つ折りになった小さな紙だった。
「何かしら……?」
受け取って広げてみる。
中には綺麗な文字が並んでいた。
「うわ。達筆っ!」
横から覗き込んだショウコが目を丸くする。
確かに驚くほど整った字だった。
ルーンはその文章を声に出して読む。
「"しばらく家を離れることになったので、この子たちを預かってください。朱咲"」
読み終えた途端、脱衣所に沈黙が落ちた。
ルーンはゆっくりと紙から顔を上げる。
百虎を見る。幻武を見る。
もう一度手紙を見る。
預かってください。
たったそれだけ。
「……」
説明が足りなかった。
圧倒的に足りなかった。
ルーンは静かにため息を吐く。
しかし隣では、まったく別の反応が起きていた。
「ルーン!この子たち連れて帰ろうよ!」
フィラーラが目を輝かせている。
彼女はいつの間にか百虎を抱き上げていて、しかも頬を擦り寄せていた。
「可愛いー!」
百虎は特に抵抗せず嫌がる様子もないが、ただ少し面倒そうな顔をしている。
「……?」
ふと見ると、幻武がのそのそとゆっくりルーンへ近づいてきて短い足で懸命に彼女の膝上によじ登ろうとしていた。
「……」
ルーンはしばらくその様子を見つめる。
一生懸命に登ろうとしているその姿は非常に愛らしい。
思わず手を伸ばし、登るのを手伝ってしまう。
「あ、ルーンさん」
すると、ショウコが手紙を指差した。
「ここにも何か書いてある」
「?」
見ると、追記が小さく記されていた。
ショウコはそれを読み上げる。
「"追伸。ちなみに百虎と幻武はオスです"」
沈黙。
「……性別なんてどうでもいいわ」
ルーンは肩を落とした。
もっと伝えるべきことがあるはずである。
行き先とか。
帰る時期とか。
連絡方法とか。
性別情報とか本当にどうでもいい。
「…………」
手紙を見つめながらため息を吐くルーンを気にもせず、フィラーラは百虎の体に頬を擦り寄せ続けていた。
+
その後。
ショウコと別れたルーンとフィラーラは百虎と幻武を連れて帰宅した。
夜風が少し冷たい。
家の前へ辿り着き、引き戸を開ける。
「おかえり」
戸を開けると、すぐに清龍が出迎えてくれた。
微笑んでいるが、どこか表情が固い。
彼の視線はすぐに百虎と幻武に向かい、三匹を見つめたまま腕を組む。
「いつ何処で会ったのか知らないけど。朱咲から連絡が来た時は驚いた」
「驚いたのは私も同じよ」
清龍は息を吐き、ルーンが即座に返す。
百虎と幻武はそんな会話など気にせず玄関を上がっていき、迷いのない足取りで廊下を歩いていった。
勝手知ったる家のように奥へ進んでいく姿を見送りながら、清龍は肩をすくめる。
「まぁいい。詳しい話はあとで聞く」
そう言って、清龍は靴を履く。
そこで、ルーンはふと気になっていたことを口にした。
「……清龍」
「ん?」
「朱咲が、貴方とは昔馴染だと言っていたわ」
「………」
清龍の表情が少しだけ変わる。
「それって本当?」
「……ああ」
短く答える。
「まぁ、腐れ縁だ」
ルーンはそれ以上追及しなかった。
清龍は壁際に立て掛けていた刀を持ち、腰へ差す。
「どこかへ行くの?」
首を傾げながらフィラーラが尋ねると、清龍は頷いた。
そして二人の横を通り過ぎ、開けたままの引き戸へ手を掛ける。
「出掛けてくる。もしかしたら今夜はもう帰らないかもしれない」
「え?」
ルーンとフィラーラが同時に声を上げた。
清龍は振り返らず、軽く手を振ってそのまま夜の中へ歩き出す。
月明かりに照らされた背中が少しずつ遠ざかっていった。
「……」
こんな時間に刀を持って、一体何処へ行くのだろう。
疑問に思うが、しかしその問いの答えを知る者はこの場にいない。
二人は顔を見合わせて、首を傾げた。




