学び舎は楽しい?
その夜。
ルーンはフィラーラと共に温泉小屋へ来ていた。
夜空には無数の星が散りばめられ、湯気が白く立ち昇る露天風呂を柔らかく包み込んでいる。
温泉に浸かっているフィラーラは、楽しそうに尾ひれを揺らしていた。
青く輝く尾ひれが湯の中でゆらゆらと揺れ、その動きに合わせて小さな波紋が広がる。
フィラーラは機嫌よく歌を口ずさんでいて、静かな夜に溶け込むその歌声を聞きながらルーンは小さく息を吐いた。
膝を抱え、そこへ顔を埋める。
「………はぁ」
「……ルーン、疲れてる?」
歌うのをやめ、フィラーラが心配そうに尋ねた。
顔を上げると、彼女は眉尻を下げ、じっとこちらを見つめている。
「……大丈夫よ。疲れてはいないわ」
「本当?」
「ええ。ありがとう、フィラーラ」
微笑みながら答え、ルーンは両腕を空へ向かって伸ばす。
疲れていないというのは本当だった。
ただ、今日は色々なことがありすぎた。
ブルーテイルが学び舎に紛れ込んでいたことと、マキノが勝手に進め始めたドレス計画。
思い返すだけで肩の力が抜けそうになる。
ルーンは苦笑しながら夜空を見上げた。
フィラーラが少しだけ近寄る。
「ルーン。学び舎、楽しい?」
「え?」
突然の質問。
「……うーん。そうね。楽しくないって言ったら嘘になるわ」
「……そっか」
少し考えてから答えると、フィラーラは目を細めて笑った。
「もしかして、貴女も学び舎に入るの?」
「?」
その笑顔を見て、ルーンは首を傾げる。
「ううん。わたし、入らないよ。ずっと勉強してたら眠っちゃうから」
きょとんとしたフィラーラは、そう言って尾ひれをぱしゃりと揺らした。
温泉のお湯が小さく跳ねる。
「…でも、よかった」
「ん?」
「ルーンが楽しそうで」
そして、フィラーラは穏やかな声で言う。
「わたし、今のルーン好きだよ。あっ、今までのルーンも好きだったけど!…今のルーン。笑顔が増えてるから、見てて凄く嬉しい!」
「……そうかしら」
「うんっ!」
フィラーラは力強く頷いた。
ルーンは少しだけ考え込む。
自分ではあまり意識していなかったけれど、最近は確かに笑うことが増えた気がする。
「………」
旅をしていた頃は常に周囲を警戒していた。
今は以前より肩の力を抜いて過ごせている。
それが理由なのかもしれない。
「…………」
ルーンは自分の頬に触れた。
口角を上げてみる。
下げて、また上げる。
何度か繰り返したあと、小さく笑った。
「……ふふ」
その笑顔を見て、フィラーラも嬉しそうに笑った。
+
「……ふぅ。そろそろのぼせてきそうね」
しばらくして、ルーンが呟く。
温泉から立ち上がり、軽く息を吐いた。
フィラーラを見ると、彼女はまだまだ元気そうだ。
「私、もう上がるわ。貴女はどうする?」
「わたし、もう少しここにいる。でもすぐ上がるよ」
「そう。なら待っているわね」
頷き、ルーンはそう言い残すと脱衣所へ向かう。脱衣所へ入ると、木の床の冷たさが素足に伝わりひんやりと気持ちよかった。
ルーンは自分の服が入った籠の前へ行き、着替えを始める。
温泉のおかげで体がぽかぽかしている。
やはり温泉は気持ちがいい。そんなことを考えながら服を身につけていき、そして最後に羽織りに手を伸ばした。
ぴくり。
その時、羽織りがひとりでに動く。
「……?」
手を止め、ルーンは眉をひそめた。
気のせいかと思った。
しかしもう一度見ても、羽織りはごそごそと動いている。
「何……?」
恐る恐る止めていた手を伸ばす。
そして勢いよく羽織りを持ち上げた。
「……」
「……え?」
そこにいたのは亀だった。
甲羅の上には蛇が乗っている。
突然明るくなったことに驚いたのか、一匹と一匹はきょろきょろと周囲を見回していた。
ルーンはしばらくその二匹無言で見つめる。
見覚えがあった。とても見覚えがあった。
「どうしてここにいるの……?」
思わず呟いたその時。
「あれ?ルーンさん?」
背後から声が聞こえた。
振り向くと、そこにはショウコが立っていた。
普段よりもラフな服装で、手提げ袋を持っている。
「ショウコ?」
彼女を見て、ルーンは目を瞬かせた。
「まさかここで会うなんて」
ショウコは笑う。
「ルーンさんも温泉に入りに来てたんだ」
「……ええ。もう出るところだけど」
「ここにはよく来るの?」
「ええ。温泉好きの居候仲間がいて、その子の付き添いで」
「そう」
ショウコは頷く。
「私もよく来るんだ。家のお風呂もいいけど、温泉に入れば時間を忘れられるし、色々考え事もできるから」
そう言いながら手提げ袋を籠へ置き、服を脱ぎ始める。
それと同時にルーンの籠から亀が顔を出し、ふとショウコの視線がそちらへ向いた。
「……!?」
ぴたりと動きが止まる。
彼女の目が大きく見開かれた。
「ル、ルーンさん……それは?」
指差しながら尋ねる。
ルーンは亀を掌に乗せ、少し考えた。
「ええと……何て言えばいいのかしら。この子たちは……知り合いのペット……みたいなものなのかしらね?」
自分で言いながら首を傾げる。
説明が難しい。
朱咲のペット。そう説明するのが一番近い気もするが、しかし本当にそれでいいのかはよくわからなかった。
そんなことを考えていると。
脱衣所の戸が勢いよく開く。
「ルーン!見てみて!」
元気な声。
フィラーラが脱衣所へ入ってきた。
「さっき温泉に可愛い子が入ってきたの!」
満面の笑みで駆け寄ってくる。
ルーンとショウコがそちらを見た。
そして二人は同時に目を見開く。
フィラーラの腕の中には、小さな白黒の虎が抱えられていた。
抱っこされ慣れているか、虎は大人しくしている。
次の瞬間。
「きゃあああああああああああっ!!」
ショウコの悲鳴が温泉小屋中に響き渡った。




