小さな侵入者
「きゅうっ!」
フィルの鞄から元気いっぱいの鳴き声と共に出てきたのはブルーテイルだった。
「あっ、あの時のきつね!」
マキノが声を上げる。
「ブルーテイル!?どうして……!」
驚くルーンの膝へ、ブルーテイルはぴょんと飛び乗る。
着地すると嬉しそうに尻尾を揺らしてルーンの顔を見上げた。そのまま安心したように丸くなると、満足げに目を細める。
彼女は困惑しながらも、その柔らかな毛並みをそっと撫でた。
「今朝、目を離した隙に入っちゃってたらしくてさ……」
フィルは頭を掻きながら苦笑する。
「いつもより重いなーとは思ってたんだけど、今日は授業で使う道具も多かったから気にしてなくて……」
ブルーテイルを発見したのは、一時間目の授業が始まる直前だった。
教科書を取り出そうとして鞄を開けた途端、中から青い顔がひょこりと現れたのである。
その瞬間、フィルは盛大な悲鳴をあげた。
「ほんと、心臓に悪かった……」
教室中の視線を浴びたことを思い出し、彼は顔を覆う。
「想像できるわね」
ルーンは肩をすくめながら頷いた。
「この学び舎、動物は禁止よ。どうするの?」
「そうなんだよな……。オレも困ってて、それで相談しに来たんだ」
フィルはルーンの膝で眠たげにしているブルーテイルの頭を撫でる。
気持ちいいのか、ブルーテイルは「きゅう……」と小さく鳴いた。
ルーンの指先とフィルの手が交互に毛並みを撫でる光景は、どこか穏やかで、昼下がりの陽だまりみたいな空気を作っている。
すると、それを見つめていたマキノが勢いよく立ち上がった。
「いいっ!」
「マキノ?」
突然の大声に、ショウコが目を瞬かせる。
マキノは手にしていたデザイン画とルーンたちを何度も見比べた。
やがてその目が、星でも入ったみたいに輝き始める。
「これ!凄く!いい!!」
「……何?」
ルーンは眉をひそめる。
ブルーテイルは騒ぎなど気にする様子もなく小さく欠伸をして、そのまま眠ってしまった。
「ルーンちゃんの魅力、これで伝わるよ!」
マキノは拳を握りしめ、ひとりで盛り上がる。
ルーンたちは揃って顔を見合わせた。
「マキノー、説明してー」
「あっ、ごめんごめん!」
ショウコが諦めた声で促すと、マキノは慌ててデザイン画をルーンたちに見せた。
「やっぱりルーンちゃんには、このドレスを着てもらいます!」
「え、」
ルーンが固まる。
マキノは勢いをそのままにフィルを指差した。
「それで、フィルさん!」
「オレ?」
「フィルさんにも着てもらいます!」
「何を?」
「……ドレスを?」
「違うよ!?」
マキノが即座に突っ込む。
「タキシード!ウェディングドレスと対になるものと言ったらタキシードでしょ!」
マキノの勢いは止まらない。
「それで、そこの青いきつねくん!」
「きゅう……?」
名前を呼ばれた気がしたのか、ブルーテイルがうっすら目を開けた。
「愛を誓い合う二人のそばにいる幸せの青い動物……うんっ!完璧!我ながら完璧な構図!」
マキノは両手を広げながら背中を向け、まるで舞台演出家のように高らかに宣言した。
それを見つめ、ショウコは深いため息を吐く。
「……何を考えてるの?」
問いかけると、マキノはくるりと振り返った。
「ルーンちゃんの魅力を最大限に引き出すためのアイデアだよ!名付けて!」
びしっと指を突き上げる。
「ルーンちゃんの好感度爆上げ作戦!」
「あー……。話が見えないんだけど」
「気にしなくていいわ」
フィルがぽかんと言うと、ルーンが即答する。
マキノはそんな反応など意に介さず更に続けた。
「このドレスを着たルーンちゃんと、タキシード姿のフィルさんが並んだら絶対映えるの!絵になる!尊い!」
「尊い……」
ショウコが呟く。
「でも、もしその案が通ったとして、それをどこでやるの?」
「ふふふ」
マキノは意味深に笑う。
「この作戦にぴったりの場所があるんだよ!」
「ぴったりの場所?」
「うん!あとでみんなで下見に行こう!」
その笑みは、秘密基地を見つけた子どものように楽しげだった。
ちょうどその時。
カーン、と午後の授業開始を知らせる鐘が鳴り響く。
「あ」
フィルとルーンは同時に固まった。
問題は、まだ解決していない。
ルーンの膝の上では、すっかりブルーテイルが熟睡していた。
このまま教室へ連れて行けば確実に騒ぎになる。
見ると、マキノたちは教室に戻る準備を進めながら話を続けていた。
「タキシードのデザインも考えなきゃね!これは忙しくなるよ!ショウコちゃんも手伝ってね!」
「勉強で忙しいから無理」
「えー!」
賑やかな二人の声を聞きながら、ルーンとフィルは静かに顔を見合わせる。
「……どうする?」
「……どうするって言われても」
二人は揃って眉尻を下げる。
ブルーテイルは、そんな空気などどこ吹く風。ルーンの膝の上で、幸せそうに尻尾を揺らしていた。




