偽られる歴史
「先生、少しいいかしら?」
「何でしょう?」
授業終了の鐘が鳴り、生徒たちがざわざわと席を立ち始める中、ルーンは教室を出ようとしていたケインを呼び止めた。
先ほどまでの授業は歴史。
だが、教えられたその内容にルーンは強い引っかかりを覚えていた。
彼女は教科書を開いたままケインのもとへ歩み寄る。
「質問なんだけど……ここの記述が、以前に私が読んだ本の内容と違っているわ」
「え?」
ケインは目を瞬かせた。
ルーンは教科書の一文を指差す。
「この教科書には、"東の大陸は他大陸から来た別種族……エルフやドワーフから様々な知識や技術を学び、それをもとに独自の発展を築き上げた"って書いてあるわ」
そこまで言って、ルーンはゆっくり顔を上げた。
「でも、私が読んだ本にはこの中にダークエルフの名前も含まれていたの」
「…………」
「何故、ここでは消されているの?」
静かな問い。
けれど、その眼差しは真っ直ぐ鋭い。
ケインは困ったように眉尻を下げ、頬を掻いた。
「んー……と、言われましても。私としても、どう答えればいいのか……」
「その他にも、この教科書には間違ってる部分がたくさんあるわ」
ルーンはぱらぱらとページをめくる。
紙の擦れる音が教室に響いた。
「例えばこれ。機械技術について」
彼女は該当箇所を見せる。
「ここには、"高度な機械技術はエルフによってもたらされた"と書かれている。でも、私が知っている歴史では機械技術は昔、ダークエルフから世界へ伝わったはずよ」
ルーンはケインを見つめた。
「どうして、ここでも書き換えられているの?」
じりじりと迫るような気迫に、ケインはわずかにたじろぐ。
それでも教師としての表情を崩さぬよう、軽く咳払いをした。
「ルーンさん」
「……何?」
「時に歴史は、人の心を傷付けることがあります。知ってもいい事実と、知らなくてもいい事実。その二つがあることを貴女も知っていますね?」
「……ええ」
ケインは静かに問う。
ルーンは頷いたが、納得はしていない顔だった。
「例えば、貴女たちが体育の授業で使っている端末。あれも、元を辿ればダークエルフから伝わった機械技術を基礎として作られたものです」
ケインは続ける。
「もし、それをダークエルフを憎む生徒たちが知ったらどうなると思います?」
ルーンは答えない。
ケインは自分で答えを口にした。
「端末は壊されるかもしれない。そのせいで授業そのものが成立しなくなる可能性もあります」
彼は穏やかな声で言う。
「貴女も困るでしょう?スマートくんが使えなくなったりしたら」
「……いえ、私は別に困らないけど」
ぼそりと呟いた瞬間、胸ポケットから電子音が鳴る。
ぴこん。
『そんな!酷い!』
小さな抗議の声。
ルーンは無言で胸ポケットを押さえた。
それを見て、ケインは苦笑する。
「つまりは、そういうことです」
どこか話を切り上げるような口調だった。
「では、私は次の授業の準備がありますので……」
「あ!」
呼び止めるより早く、ケインは逃げるように教室を出ていく。
ぱたん。と扉が閉まり、残されたルーンは眉をひそめた。
「……誤魔化された感じがするわ」
ぽつりと呟く。
教室にはもう数人しか残っていない。
騒がしかった空間は徐々に静けさを取り戻しつつあった。
「…………」
ルーンはゆっくり教科書を閉じる。
表紙を見つめながら、思考を巡らせた。
これまで彼女は数え切れないほどの本を読んできた。
ダークエルフについて書かれたものからまったく関係のないものまで例外なく。
だが、調べれば調べるほど違和感が増していった。
ある本には"ダークエルフは世界を滅ぼすため手段を選ばなかった"と書かれているのに対し、別の本には"ある特定の方法を用いて徐々に世界を壊滅へ追い込んだ"と記されている。
他の資料も同じ。
まるで内容が統一されていない。
細部が噛み合わない。
どれも曖昧で、どこか歪んでいる。
やはりこれは誰かが後から都合よく書き直し、真実をごちゃ混ぜにしているのだろうか。
「…………」
ルーンは唇を引き結ぶ。
どれが正しく、どれが偽りなのか。
それが分からないことに、彼女はわずかな焦りを覚えていた。
そして同時に、確信にも似た感覚が胸に芽生えていく。
先生も。司書の女性も。
皆、何かを隠している。
ダークエルフについての、決して表へ出してはいけない何かを。
「(一体、それはなんなの……?)」
その考えは、図書室の奥にある閉ざされた扉の存在と重なるようにルーンの頭から離れなかった。




