何のために?
Dグループのスタートを告げる声が広場に響き、それと同時にフィルは戦闘エリアからスタート地点付近へ戻ってきた。
すると、待っていたかのように男子生徒たちがぞろぞろと集まってくる。
「すげーな、フィル!あの修介を倒すなんて!」
「一体どうやったん!?」
次々と飛んでくる称賛の声。
その声に、フィルは困ったように眉尻を下げた。
「たまたま、かな……」
曖昧に笑って返す。
正直、自分でも何が起きたのかわからなかった。
気づけば修介は地面へ倒れていた。
あの瞬間。
刻印が光り、頭の中へ囁くような声が響いた。
そして、自分の体が誰かに操られたような感覚が襲った。
「…………」
フィルは右手を見る。
刻印は既に静かだった。
だが、あの感覚だけは妙に生々しく残っている。
「(こいつがやったのか…?)」
そこまで考えたところで、フィルは小さく首を振った。
まだ結論を出すには早い。
もし何かわかる人がいるとすれば、ターナくらいだろう。
「“たまたま”なわけねぇだろ!」
その時、突然鋭い声が飛んできた。
振り返ると、修介が眉をひそめながらこちらへ歩いてくる。
「なんだよあれ!あんなの人間業じゃねぇ!」
「修介、負け惜しみ言うなよ」
「そうだぞ。素直に負けを認めろって」
男子生徒たちが苦笑混じりに宥めるが、修介は聞く耳を持たない。
「お前!どんな方法使ったか知らねぇけど、あんなのは反則だ!俺は絶対認めないからな!」
そのままフィルへ詰め寄り、一方的に怒鳴るだけ怒鳴ると彼は踵を返して離れていった。
何を言われたのか一瞬理解が追いつかず、フィルはぽかんとしたままその背中を見送る。
そんな彼を見て、男子生徒の一人が肩をすくめた。
「あー、まぁ……気にすんなよ。あいつ、自分より強い奴ってのが許せないタチなんだ」
「常に自分が一番じゃないと気が済まないんだよな」
「そこがちょっと面倒くさいんだよ。普通に付き合ってりゃイイ奴なんだけど」
男子生徒たちは口々に言う。
「一番であることにこだわりがあるのか?」
フィルが尋ねと、男子生徒たちは顔を見合わせた。
「こだわりっていうか……」
「……というより、あいつの家の問題だよ」
「家?」
「修介の両親ってさ、二人ともすげー厳しいんだよ。どんな事でも一番を取れ、一番じゃないと意味がないって、幼い頃から耳タコになるくらい言われて育ったらしくて」
「そのせいで、あいつは一番になることに異常なくらい必死なんだ」
「二番も楽しいぞって言ってるんだけどな」
「三番もな」
男子生徒たちは苦笑する。
フィルはその話を聞きながら、ちらりと修介の方を見た。
少し離れた場所で腕を組み、不機嫌そうに地面を睨んでいる。
その姿はどこか、負けを認められず拗ねている子供にも見えた。
+
「……あぁ。そりゃ始まったな」
夕食後。
客間の縁側でお茶を飲んでいたターナは、フィルの話を聞くなり淡々と言った。
夜風が静かに吹き抜ける。
膝の上で丸くなっているブルーテイルを撫でながら、フィルは首を傾げた。
「始まった?」
「ああ。声が聞こえたんなら、それは準備が完了したって合図だ」
ターナは湯呑みを傾ける。
月明かりが、彼女の横顔を薄く照らしていた。
「幸運様はお前の中で完全な自我を持った。お前に話しかけたのも、お前の体を操ったのも、お前に気づいてもらうためだ」
さらりと言われた内容に、フィルの表情が強張る。
「体を……操った……?」
口元が引きつる。
隣に座っていた桃華も不安そうな顔を浮かべた。
「それって……害はないんですか?」
恐る恐る尋ねるとターナは頷き、湯呑みをそばへ置く。
「前にも言っただろう。刻印はお前たちに危害を加えるようなことはしない。あくまで共生という形で体に寄生し、そやつと共に生きていく」
静かな声。
その言葉を聞き、桃華はそっと左手の甲を見た。
そこに刻まれた印。
寄生されても死ぬことはない。
そう説明は受けている。
だが、不安が完全に消えたわけではなかった。
「刻印って、何のためにあるんですか?」
フィルが聞く。
ターナは少しだけ目を細めた。
「さあな」
短い返答。
「私も、何でもかんでも知っているわけじゃない。何故刻印というものが存在しているのか。何故それがお前たちを選んだのか。その理由は不明だ」
そう言って、彼女は湯呑みを持って立ち上がった。
そのまま襖を開け、客間を後にする。
静かに閉じる襖。
残されたフィルと桃華は、互いの刻印を見つめた。
夜風が縁側を通り抜け、虫の声だけがやけに大きく聞こえていた。




