異変
「俺さ、一度でいいから君と戦ってみたかったんだよね」
修介は軽い調子でそう言いながら、手にした剣を振るう。
鋭い斬撃。フィルは咄嗟に剣を構え、その刃を受け止めた。
「っ……!」
金属音が弾ける。
重い。だが、それ以上に厄介なのは動きだった。
修介の剣筋は読みづらい。軌道そのものは素直なのに、次の動作へ移る速さが異常だった。
一瞬でも視線を外せば、その間に背後へ回り込まれそうになる。
「だけど、こうして刃を交えるとわかるよ。……君も、あいつらと同じで大したことないんだなって!」
「っ……」
修介はにこりと笑い、フィルは奥歯を噛み締める。
これまで探求者として戦ってきた相手と比べれば、純粋な戦闘能力はそこまで高くない。
しかし、動きと速さだけなら修介は彼らよりも上だった。油断すれば終わると、そう直感できるほどに。
今はなんとか剣を合わせられている。けれど、それもいつまで続くかわからない。
一手遅れれば崩される。
二手遅れれば押し切られる。
三手先まで考えなければ、この戦いにはついていけない。
フィルは一度後方へ飛び、修介から距離を取って短く息を吐いた。
「防御に徹してるだけじゃ勝てないぜ!もっと攻めてきなよ!」
修介は剣をくるりと回す。
その言葉を聞きながら、フィルは別の光景を思い出していた。
シオンとの手合わせ。
あの時、彼はどう動いていたか。
どんな風に剣を振り、どんな風に相手の攻撃を受け流していたか。
「(思い出せ…。あの時のシオンの動きを…)」
頭の中で何度も反芻する。
そしてフィルは剣を構え直し、地面を蹴った。
踏み込む。
振るう。
受け止められる。
返される。
避ける。
また振るう。
繰り返される攻防。
突破口が見えない。
まだ思考が足りない。
「フィルくん。そんなんじゃ負けるよ。いいの?」
修介の声が響く。
周囲からは他生徒たちの応援が飛び交っていた。
別エリアでも戦闘が始まっているらしく、遠くから金属音が断続的に聞こえてきている。
「……んじゃあ、可哀想だからさっさと終わらせよう。覚悟してね、フィルくん」
修介は剣を構えて地面を蹴った。
先程までと変わらない速度で修介が突っ込んでくる。
フィルは咄嗟に剣を構え、振り下ろされた刃を受け止めた。
ギリギリと金属が軋み、剣越しに力が伝わる。
押し返せない。じわじわと近づいてくる刃を見つめながら、フィルは歯を食いしばった。
「(やばっ、このままじゃ……!)」
その時だった。
右手の刻印が淡く光を放ち、頭の中で小さな声が聞こえる。
「────」
「え?」
フィルは目を見開いた。
声を聞いた瞬間、彼は無意識に剣を握る手に力を込める。
いや。違う。これは自分の力じゃない。
「っ!?」
"それ"は、凄まじい勢いで修介の剣を押し返す。
修介の体が大きく後退し、フィルは咄嗟に剣を持ち替えた。
「…へぇ。まだそんな力が残ってたんだ。出し惜しみされてたとか、すげームカつく」
修介は眉をひそめて舌打ちをし、睨み付ける。
だがフィル自身は、それどころではなかった。
「…………」
何が起きた?
今のは自分ではない。
確かに自分の体は使っていた。
だが、剣を押し返した力の感覚が違う。
まるで、"誰かが自分の代わりに動いたような。
「……(まさか)」
フィルは右手を見る。
掌に刻まれた印は淡く輝き続けていた。
小さく震えている。
けれど痛みはない。
初めて感じる感覚だった。
「────」
再び声が響く。
次の瞬間。再びフィルの体が動いた。
「!?」
修介が目を見開く。
フィルの踏み込みが、一瞬で距離を詰めた。
まるで見間違いのような速度に修介は慌てて剣を構えようとする。
だが、間に合わない。
振り上げられた剣が、そのまま修介を弾き飛ばした。
「うわっ……!」
修介の剣が宙を舞う。
彼の体は背中から地面へ勢いよく叩きつけられた。
ピコン、と端末が音を鳴らす。
戦闘終了の合図だ。
「……!」
音を聞いて、フィルははっとする。
気がつくと目の前には倒れた修介がいた。
「え、……勝った?」
呆然と呟く。
すると、端末から機械音声が響いた。
「戦闘勝利確認。戦闘勝利確認。フィルさん、剣を置いてゴールへ走ってください」
「!」
その声にフィルは慌てて剣を地面へ置く。
そのままゴールへ向かって走っていくと、ゴールラインを越えた瞬間、再び端末が軽快な音を鳴らした。
「パンパカパーン。おめでとうございます、フィルさん。一位です。凄いです。この記録を残しておきますね」
画面には紙吹雪のエフェクトが派手に舞う。
フィルは息を切らしながら、その画面をぽかんと見つめた。
「ぐわーっ。くそ、負けたー!」
「また三位かよ!」
「いえーい!二位ー!」
数分後。
他の生徒たちも次々とゴールへ到着する。
「…………」
彼らの嘆く声と歓喜の声に耳を傾けるが、しかしフィルの頭の中にはそれよりも、あの声と右手に残る奇妙な感覚だけが強く残り続けていた。




