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ブルーテイル・ハピリス‐世界に嫌われているダークエルフが世界を救っては駄目ですか?‐  作者: aki.
3、ダークエルフ

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フィルの入学





 数日後。

 フィルは学び舎の教室に立っていた。


 朝の柔らかな陽光が窓から差し込み、整然と並ぶ机を照らしている。

 教師に促され、一歩前へ出たフィルは胸元に手を添え、丁寧に一礼した。


「フィルといいます。はじめまして」


 静かで落ち着いた声だった。

 ゆっくりと頭を上げ、口元に微笑を浮かべた瞬間。教室の空気が一気にざわめく。


「ちょっと何あれ、凄いイケメン!」

「所作とか綺麗すぎ。何処かの貴族みたい」

「それか、王子様とか?」

「彼女とかいるのかな?」


 女子生徒たちの声があちこちから飛び交う。

 対して男子生徒たちは、そんな様子を見て呆れ半分といった顔をしていた。


「お前ら騒ぎすぎだろ」

「イケメンなんてそこら辺見ればぞろぞろいるぞー」

「君たち静かに!」


 教師は軽く咳払いをすると、空いている席を指差した。


「フィル。君はあそこへ」

「はい」


 フィルは素直に頷き、指定された席へ向かう。椅子を引き、静かに腰を下ろしたその時、隣から声がかかった。


「よろしく、フィルくん」

「?」


 顔を向けると、自分を見つめて黒髪の少年がにこにこと笑っていた。


「俺は修介。これから仲良くしていこうね」


 柔らかな口調。だが、その笑顔にはどこか作り物めいた薄さがあった。

 フィルは一瞬だけ彼を見つめ、気づかないふりをして小さく微笑む。


「よろしく」


 この教室には、十七歳から二十歳までの生徒が在籍していた。

 場所はルーンたちの教室の真上。そして集められているのは、学び舎の入学試験で特に優秀な成績を収めた特待生ばかりだった。

 当然、求められる水準も高い。


 フィルがこの教室へ入れたのは、数日前に彼自身が言っていた“アテ”のおかげだった。



+



「……それで、さっき書いたこの公式をここに当てはめると……」


 そして、初めての授業。


 教師の声が静かな教室に響き、生徒たちは一斉に黒板に書かれた公式をノートへ書き込む。

 カリカリ、という鉛筆の音だけが耳に残る。


 誰一人として私語をしない。

 張り詰めた空気は、まるで試験会場のようだった。


「(うわぁ……)」


 フィルは内心で呻く。

 桃華や依千蔵から、特待生の教室の授業は"かなり難しい"という話は聞いていた。だが、実際に体験すると想像以上だった。


 今は数学。

 教科書に並ぶ数字と記号が、まるで別世界の言語のように見える。


「(これ、本当に人が考えたのか……?)」


 教師の説明を必死に追いかけながら、フィルはノートを埋めていく。

 理解が追いつかない。

 頭の中で何かが焼き切れそうだった。


「(ぶっ倒れそう…)」


 このような授業が夕方まで続く。

 そう考えた瞬間、軽く眩暈がした。



+



 そして迎えた昼休み。

 フィルは早速、女子生徒たちに囲まれていた。


「ねぇねぇ。フィルくんは何処から来たの?」

「き、北の大陸から……」

「北の大陸って、一年中、雪で溢れてるって本当?」

「……まぁ、例外はあるけど」

「どうしてフィルくんは、この学び舎に?」

「ええと……知り合いがたまたまこの学び舎の卒業生で、その紹介で」


 質問が途切れず、次から次へと飛んでくる。

 フィルは困惑しながらも、なんとか返答を続けていた。


 本当なら、すぐにでもルーンのいる教室へ向かいたいが、この状態では逃げ出す隙すらない。


「おーい、女子たちー。俺たちにも話しかけてほしいんだけどー?」


 教室の隅から男子生徒の声が飛ぶ。


「そいつ困ってんぞ。早く解放してやれよ」

「アンタたちには毎日話しかけてるでしょう?」

「私たちは今、フィルくんと話してるの。邪魔しないでよ」


 女子生徒たちは不満げに返し、再びフィルへ向き直る。


「なんだよ。俺たちもそいつと話したいのに!」

「女子ばっかりずるいぞー!」


 男子生徒は抗議するも、どこか楽しそうだった。


「………」


 その様子を。

 教室の扉付近で、修介は静かに見つめている。


 そこに、今朝のような笑顔はどこにもなかった。



+


 放課後。


 ようやくフィルはルーンのもとへと辿り着いていた。

 廊下を歩く彼は肩を落とし、完全に疲れ切った顔をしている。

 そんな彼を見て、ルーンは息を吐いた。


「初日、ご苦労様ね」

「あんなに人に物を尋ねられたのは初めてだった……」


 フィルは遠い目をしながら呟く。

 その横で、桃華がくすりと笑った。


「フィルさん、凄かったよね。私の教室の方でも放課後までフィルさんの話で持ちきりだった。特待生の教室にカッコいい男子生徒が入ったって。私も見に行くの誘われたけど、流石に断ったよ」

「桃華姉ちゃんは毎日会ってるからな」


 ルーンの隣で、依千蔵が言う。


「まぁ、それも最初だけだと思うし、ほとぼりが冷めるまで我慢だね」

「ほとぼり……」


 フィルはげんなりした顔で息を吐いた。


「それはそうと、授業の方はどうだったの?ついていけた?」


 桃華が尋ねる。

 フィルは少し考えてから答えた。


「んー。まぁ、数学以外は一応」

「数学、難しかった?」

「よくわからない数字と記号が出てきた時はどうしようかと思った」

「ああ……気持ちはよくわかる。数学って、公式とか計算とか理解できれば楽しいんだけどね……」


 桃華も眉尻を下げる。

 ルーンも小さく頷いた。彼女も数学は少し苦手だった。今でこそ慣れたけど、未だに頭が痛くなることがある。


 そんな中、依千蔵だけが不思議そうに首を傾げた。


「数学が難しいなんて思ったことないな……」

「え、本当に?」


 ルーンが即座に反応する。


「依千蔵は頭が良いからねぇ。清のおかげで」

「なんだよ、その言い方。桃華姉ちゃんも兄ちゃんに勉強教わってるだろ」


 依千蔵は眉をひそめ、口を尖らせる。

 それを見て桃華は楽しそうに笑った。

 夕暮れ色に染まる廊下に、穏やかな笑い声が響く。


「そういえば、まだ聞いてなかったんだけど」


 そして、ふと思い出したようにルーンがフィルに聞いた。


「ん?」

「貴方の言ってた“アテ”って、何だったの?」


 首を傾げるルーン。

 フィルは「ああ」と小さく呟くと、少しだけ意味深に笑った。


「家に帰ればわかるよ。……まだ居てくれればの話だけど」

「?」


 その言葉に、ルーンたちは顔を見合わせた。



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