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ブルーテイル・ハピリス  作者: aki.
3、ダークエルフ
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本当は優しい人





 夕食を終え、賑やかだった家の中も静けさに包まれていた。


 廊下を渡る風の音。時折聞こえる木材の軋み。そして、遠くで鳴く虫の声。

 夜もすっかり深まった頃、客間にはまだ小さな灯りが残っていた。


 その灯りの下で、ルーンはひとり本を読む。

 机の上に広げられているのは、昼間に学び舎で借りてきた『世界の歴史』という題名の本。厚みのあるそれを両手で支えながら、彼女はゆっくりとページをめくっていく。


 世界がどのように生まれたのか。

 世界樹がどのようにして芽吹き、世界を築き上げていったのか。


 世界樹と天族の関係。

 北の大陸、東の大陸、南の大陸、西の大陸。それぞれの土地で何が起き、どんな文明が栄え、滅びていったのか。


 書かれている内容はどれも興味深かった。知らないことばかりで、読めば読むほど世界の広さを実感する。


 けれど。

 ページが半分ほど進んでも、肝心のダークエルフについての記述はほとんど出てこなかった。


「んー……」


 ルーンは口元に手を添えながら、ぱらりと次のページをめくる。


 今のところ分かったのは、ダークエルフという種族が、世界樹によって最初期に生み出された種族のひとつだということだけ。

 これは、教科書にも書かれていたことだ。


 それ以上のことは、曖昧にぼかされている。

 まるで、意図的に避けられているようだった。


「……絶対、何かあるじゃない」


 小さく呟きながら、さらに読み進める。


 だが、慣れない文字を長時間追い続けたせいで、目はじわじわと熱を帯び始めていた。


 文章が少し霞む。


「………はぁ」


 ルーンは一度本を閉じ、両手で目元を覆った。


 疲れている。少し眠気も来ている。

 けれど、まだ読める。

 近くに置いていた時計へ視線を向ける。

 針の位置を確認し、彼女は小さく頷いた。


「あと一時間くらいは平気ね」


 そう呟くと、ぱん、と軽く両頬を叩いて気合を入れる。


「お前、まだ起きてるのか?」


 その瞬間、声が飛んできた。


 顔を上げると、襖の近くに依千蔵が立っていた。眠そうな顔をしながらも、眉をひそめてこちらを見ている。


「明日も早いんだから、早く寝ろよ」

「……もう少ししたら眠るわ」


 ルーンはそう返し、再び本へ視線を落とした。

 ページをめくる音だけが静かに響く。


 依千蔵は何か言いたげに口を開きかけたが、結局ため息だけを残して客間を出ていった。


 それから数分後。

 再び襖が開く。


 戻ってきた依千蔵は、そのままルーンの方へ歩いてきた。

 手には湯飲みが二つ。

 彼は机の上へ片方を置くと、ルーンの向かい側へどっかりと腰を下ろした。


 頬杖をつき、気だるそうな顔で彼女を見る。


「……これは?」

「お茶。冷めるとマズくなるから早めに飲め」

「……ありがとう」


 ルーンは湯飲みを持ち上げ、そっと口をつけた。

 ほどよい温かさのお茶が喉を通っていく。

 熱すぎず、ぬるすぎず。眠気でぼんやりし始めていた体にじんわり染み込む温度だった。

 それを見届けてから、依千蔵も自分の湯飲みに口をつける。


「……あったかいわね」

「飲みやすいように調整したからな」


 どこか得意げな返事。

 ルーンは小さく目を細めた。


「……貴方って意外と優しいわよね」

「はっ!?」


 依千蔵が勢いよく顔を上げる。


「優しくなんてねぇよ!勘違いするな!」

「そう?」

「誰がお前みたいなダークエルフに優しくするか!」


 そう言って、彼はぷいっと顔を背けた。

 耳がほんのり赤い。

 ルーンはその横顔を見つめながら、静かに湯飲みを机へ戻した。


 それからしばらく、客間には紙の擦れる音だけが流れる。


 ぺらり。

 静かな夜の中、本のページだけが進んでいく。


 依千蔵は頬杖をついたまま、ちらりとルーンへ目を向けた。


「……そういや、お前慣れたのか?」

「慣れたって?」


 ルーンは本から目を離さずに返す。


「教室にだよ」

「……ああ」


彼女はページをめくった。


「ええ。おかげさまでね」


 文字を追いながら、続ける。


「周りにいる人たちもいい人ばかりで、思っていたより過ごしやすいわ」


 そして、少しだけ口元を緩めた。


「……心配してくれているの?」

「っ、……ば、違ぇよ!」


 依千蔵は慌てて否定する。


「ただちょっと、桃華姉ちゃんが気にしてたから……!」

「……ふふっ」


 ルーンは小さく笑った。


「ありがとう。気にしてくれて」

「だっ、から違うって!」


 依千蔵はまたそっぽを向く。

 今度は首筋まで赤くなっていた。


 その反応が少しおかしくて、ルーンは肩を震わせながら再び本へ目を落とす。


 客間に流れるのは、静かなページをめくる音と、ときおり響くお茶をすする音だけ。

 やがて時計の針は、眠るまで残り三十分ほどを指していた。



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