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ブルーテイル・ハピリス  作者: aki.
2、カラーを求めて
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はぐれた先に





 それは、本当に一瞬の出来事だった。


 突如として吹き荒れた強風が、すべてをかき乱す。視界は白く潰れ、息すら奪われるような圧に、ルーンは反射的に目を閉じた。


 そして、次に目を開けたとき。

 そこにあったのは――甲板だった。


「……」


 ルーンはゆっくりと瞬きをする。


 先ほどまでいたはずの船内ではない。見慣れたはずの自分たちの船でもない。霧に包まれた、あの朽ちた船の甲板。


「フィル?……みんな!」


 反射的にフィルたちを捜す。

 しかし、そこに彼らの姿はどこにもなかった。


「何が……」


 一体、何が起きたのか。

 言葉は最後まで形にならず、静かに途切れる。


 すると、そのとき。


 ――くす、くすくす


 小さな笑い声が、どこからともなく響いた。


 ルーンの視線が鋭くなる。

 すぐに周囲を見渡すが、誰の姿も見えない。


 声だけがある。

 しかもそれは、一定の場所に留まらず、円を描くようにゆっくりと動いていた。


「誰?出てきなさい!」


 鋭く言い放つが、応じる者はいない。

 代わりに笑い声は少しずつ数を増し、大きくなっていった。


 くすくす、くすくすくす――


 耳障りなほどに重なり合うその音に、ルーンはわずかに眉をひそめる。


 次の瞬間。彼女の足元に魔法陣が展開された。

 躊躇はなく、ルーンは炎の魔法を見える範囲すべてへ放つ。

 無数の炎球が空間を駆けるも、そのほとんどは何にも触れず、虚しく空へ消えていく。


 ――しかし。

 ひとつだけ。空中で弾けた。


 それと同時に。


「ぐぎゃあ!」


 甲高い悲鳴。

 何かが、確かにそこにいた。

 ドサリ、と重たい音を立てて、それは甲板へ落ちる。

 ルーンは無言でそれを見つめ、ゆっくりと歩み寄った。


 そこにいたのは――

 白い布を頭から被った、小柄な影。

 顔の位置に二つの穴が空いており、その奥から青い瞳がかすかに覗いている。


「いてて……。何だよいきなり……」


 影はぶつぶつと文句を言いながら、被っていた布を剥ぎ取った。


「うわ!何だこの布!?ちょっと焦げてるし!……って、あれ?」


 素顔が現れる。

 まだ幼さの残る少年だった。

 彼は目を丸くしながら、周囲をきょろきょろと見渡す。


「ここ何処だ?おれ、今まで何を……。って、そうだ!桃華姉ちゃん!」


 はっとしたように声を上げて勢いよく立ち上がり、そのまま駆け出そうとする。


「ちょっと待ちなさい!」


 ルーンの手が、彼の腕を掴んだ。


「? うわ!姉ちゃん、誰!?」

「それはこっちの台詞なんだけど」


 訝しげに目を細め、少年を見つめるルーン。

 少年もまた、体ごと彼女の方へ向き直り、じっと観察した。


 視線は足元からゆっくりと上へ。

 そして――"その耳"を見た瞬間。


「……っ!」


 少年の目が大きく見開かれた。


 尖り、黒く染まった耳。

 ダークエルフの証。


 次の瞬間、少年は弾かれたように後方へ飛び退いた。腰に下げていた刀の鞘を掴み、構える。


「お前……っ!」


 露骨な敵意。

 ルーンは小さく息を吐いた。


「……貴方、東の大陸の人間ね。どうしてここに?」


 冷静に問いかける。

 少年の装い――緑色の着流し。それだけで出身は明らかだった。

 そして何より、この反応。

 ダークエルフに対する、疑いも迷いもない敵意。それが何よりの証だった。


「その言葉、そっくりそのまま返すぜ!どうしてお前がここにいる!」


 少年は叫ぶ。

 そして、さらに言葉を重ねた。


「……っ、まさかまた何か企んでるのか!?」

「……何か勘違いしてるみたいだけど、安心しなさい。私は何もしないし、何も企んでいないわ」


 静かに返すルーン。

 だが、少年は一歩も引かない。


「嘘言え!ダークエルフは悪い奴だって習ったんだ!すっごい昔におれたちの国を……いや、世界全体を滅ぼした大罪人だって!そんな奴の言う事なんか信じられるか!」


 強く、まっすぐな否定。

 その言葉に、ルーンはわずかに眉尻を下げる。


「……そう。貴方のような子供にまで伝わっているのね」


 小さく呟く。

 そして、ゆっくりとクロークを脱ぎ、続けて荷物袋も足元へ落とした。


「ほら、私は何もしないわ。するつもりもない」


 両手を広げて見せる。

 だが、少年の警戒はびくともしない。


「騙されないぞ!ダークエルフはそうやって無害の振りをして、平気で人を殺すって聞いた!」

「それは昔の話よ。今は違うわ」

「うるさい!」


 言葉を遮るように叫ぶ。


 そして――


「か、覚悟!」


 とうとう刀を抜き、踏み込んだ。

 迷いはない。恐れはある。それでも、振り払うように前へ出る。


「………」


 ルーンはその姿を見つめ、わずかに眉をひそめた。


 迫る刃。

 その向こうにあるのは、敵意か、それとも――ただ教え込まれた恐怖か。


 どちらにせよ。

 避けるか、受けるか。

 その選択の瞬間が、すぐそこまで迫っていた。



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