東の大陸の少年
振り下ろされた刀は、迷いなくルーンの肩へと届いた。
鈍い感触とともに刃が食い込み、布を裂き、肉を断つ。赤い血がにじみ、やがて流れ落ちていく。
「――っ」
ルーンはわずかに息を詰め、痛みに表情を歪める。
それだけだった。避けようとも防ごうともせず、ただ受け入れたその姿に少年の目が大きく見開かれる。
「……何で抵抗しないんだ?」
震えを含んだ問い。
ルーンは静かに答えた。
「……する必要はないから」
淡々とした声だった。
「殺したいなら殺してくれてかまわないわ。それで貴方の気が済むのなら、私は潔く殺されてあげる」
一拍置いて。
「……それが、私たちの“罪滅ぼし”だもの」
その言葉を聞いた瞬間、少年の眉が深く寄る。
「ふざけるな!」
怒鳴り声と同時に、刀をさらに押し込んだ。
傷口が広がり、血が強く噴き出す。
「何が罪滅ぼしだ!お前たちのせいで何人の人間が死んだと思ってる!」
叫びは、怒りというより、どこかで押し込めていたものが溢れ出したようだった。
「………本当にね」
ルーンは目を伏せる。
「一体、何を考えていたのかしら。私たちのご先祖様は」
小さく、かすれるように呟く。
遠い過去を見つめるような声。
その直後、ルーンは自ら刃に手を伸ばした。躊躇なく握りしめ、そのまま強引に引き抜く。
「っ……!」
掌が裂け、血が滲む。
それでも手を緩めることなく、刀を抜き切った。
その勢いのまま、少年の体を押しのける。
後退した少年の足元に、刃に付着していた血がぽたりと落ちた。
ルーンは傷口を押さえ、深く息を吐く。
「こんなことをしてる場合じゃないわ。仲間を捜さないと」
それだけ言って、歩き出す。
ゆっくりとした足取り。
だが、その背には迷いがなかった。
シオンたちがいるとすれば、船内のどこか。
そこへ向かうべきだと、はっきりと分かっている。
「…………」
その背を、少年はただ見つめていた。
やがて、歯を食いしばる。
「なんで……っ」
声が震える。
「なんでやり返さない!」
振り向き、再び刀を構える。
刃先がルーンへと向けられる。
ルーンは足を止めるが振り返らない。
「私は、“彼女たち”とは違うわ」
そのまま、静かに答える。
短い言葉。
そして、わずかに視線だけを後ろへ向けた。
紫色の瞳が、まっすぐに少年を捉える。
「……今の世界に住むダークエルフは、彼女たちとは違う」
静かに、確かに。
「その証拠に……赤くはないでしょう」
その言葉に、少年は息を呑んだ。
知っている。聞かされてきた話の中で、ダークエルフの瞳は“赤”だったはずだ。
だが、目の前の彼女の瞳は――紫。
違う色。違う存在。
その事実が、わずかに、確かに、少年の中の何かを揺らした。
「貴方も、人を捜しているのでしょ?」
ルーンは続ける。
「……危険はないと思うけど、早めに見つけた方がいいわ」
それだけ言って、今度こそ振り返らずに歩き出した。
止める者はいない。
止める理由も、もう分からない。
少年は、その背を見つめ続ける。
握っていた刀に、わずかに力が入らなくなる。
聞いていた話と、目の前の現実。
その差が、思っていたよりもずっと大きいことに、彼は気づき始めた。




