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ブルーテイル・ハピリス  作者: aki.
2、カラーを求めて
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幽霊船探索





 甲板を抜け、一行は船内へと続く扉の前に立った。古びた扉は湿気を含んで膨らみ、触れるだけで崩れそうなほど頼りない。

 シオンが手をかけ、ゆっくりと押し開けると、


 ――ギィ……


 と、耳にまとわりつくような音を立て、扉は重たく開いた。


 その向こうに広がっていたのは、やはり同じ光景だった。床は軋み、壁は剥がれ、ところどころに穴が空いている。

 長い間、誰にも触れられていない空間特有の、静まり返った気配が満ちていた。


 シオンは無言で荷物袋からライトを取り出し、胸元に装着する。スイッチを入れると、淡い光がぱっと広がり、暗闇を押し退けた。

 その光の中でジェイクが辺りを見回し、口を開く。


「うわぁ。ボロさハンパねぇな」


 軽口のようでいて、どこか本音も混じっている声だった。


「ここ、住処に良さそう」


 同じように周囲を見渡していたフィラーラが、ぽつりと言う。


「住処?」


 あまりにも自然に出たその感想に、ルーンは思わず聞き返した。


「うん。住処。わたしたち人魚は、こういう古びた船を住処にするの。快適だから」


 さらりとした説明。

 ルーンは一瞬だけ目を瞬かせ、それから小さく納得する。


「あぁ、だから貴女あの時あんなところにいたのね」


 初めて出会ったときの光景が蘇る。浜辺に打ち上げられた朽ちた船、その中にフィラーラはいた。

 シオンも同じ記憶に辿り着いたか、ちらりと彼女へ視線を向ける。


「へぇ。人魚ってやつはこういうとこが好みなのか」


 ジェイクが感心したように言う。


「うん。あとはこれで、海水とかあれば……」


 フィラーラは満足げに頷いた。

 その会話のすぐ後ろで、震えた声がぽつりと落ちる。


「……みんな普通すぎるんだけど」


 振り返らずとも誰のものか分かる声だった。

 シオンの背後にぴったり張り付くようにして歩くフィルは、顔色を悪くしながら辺りを警戒している。


「シオンとルーンはわかってたよ。一度見てるから。でも、ジェイクさんとフィラーラまで怖がってないとかどういうこと?」


 やや早口でまくし立てる。

 その言葉に、ジェイクとフィラーラは顔を見合わせた。


「幽霊なんて信じてねぇからな」

「わたし、怖くないよ。幽霊、好き」


 あっさりと返された答えに、フィルは目を見開いた。理解が追いつかない、といった顔だ。

 ルーンはそんな彼に、少しだけ呆れたように言う。


「フィルは怖がりすぎなのよ。幽霊も元は私たちと同じだったんだし、怖がる必要はないわ」


 宥めるような口調。

 しかし、その言葉はあまり効果を発揮していなかった。フィルの震えは、むしろじわじわと強くなる。


 そのとき。前方の暗がりを、何かが横切った。

 ほんの一瞬。光の外縁をかすめるような、曖昧な影。


「――っ」


 フィルの喉が引きつる。

 次の瞬間、彼は反射的にシオンの体を押すように動かした。


「……どうした?」

「さ、さささささっきそこに何かいた!」

「何か?」

「見えなかったの!?」


 ライトの光がその先を照らす。

 だが、そこには何もない。壊れた床と壁、静かな闇が広がっているだけだ。


「何もいねぇぞ?」


 ジェイクが振り返る。


「本当に何かいたんだって!」


 フィルは半ば叫ぶように言った。

 シオンは眉をひそめ、改めて周囲に光を走らせる。だが、気配らしいものは感じ取れない。


「気のせいじゃないか?」

「気のせいじゃないって!」

「信じきってると見えやすいって言うよな」


 ジェイクが肩をすくめる。


「幽霊、見てみたい!」


 フィラーラはむしろ少し楽しそうだ。


「期待しすぎてると見えないって言うよな」

「ゆ、幽霊が見たいとか神経どうなってんの!?」

「金色の子。怖いのなら楽しい歌を歌えばいいと教わった。歌うといい」


 ホワイトが淡々と助言する。


「こ、こんな状況で歌なんて歌えるわけないって!」

「フィル、貴方ちょっとうるさいわよ」

「きゅう……」


 ブルーテイルまで小さく鳴いた。

 誰も足を止めない。

 会話を続けながら、まるで散歩でもしているかのようにルーンたちはフィルを置いて船の奥へと進んでいく。


 ホワイトが一瞬だけ振り返り、静かに言った。


「進むのが困難なら、船で待っているといい」


 それだけ言うと、再び背を向けて歩き出す。

 取り残された形になったフィルは、その場に立ち尽くした。


「……………」


 前を見る。暗い通路の奥に、仲間たちの光が小さく揺れている。

 後ろを見る。戻れば、あの霧に包まれた静かな甲板。


 どちらも、安全とは言い難い。


「……もう、どうすればいいんだよ…」


 小さく呟く。

 進んでも怖い。戻っても怖い。

 そのどちらにも踏み出せないまま、フィルの胸はぎゅっと締めつけられていく。


 この船の中で一番確かなのは、壊れかけた床でも、揺れる光でもない。

 彼の中に膨らみ続ける、出口のない不安だった。



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