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ブルーテイル・ハピリス  作者: aki.
2、カラーを求めて
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優しい夜





 噴水の水音が、静かな夜にやわらかく広がる。

 ルーンは石造りの縁に腰を下ろし、水面をぼんやりと眺めていた。

 先ほどまでそばにいたブルーテイルは近くの花畑へと遊びに行ってしまって、ここにはいない。


「っ、」


 ひとりになった途端、夜の冷え込みが一層身に染みて、思わず右手を胸元へ引き寄せた。

 小指に嵌められた指輪が、かすかに光を宿す。


「ルーン」


 そのとき、聞き慣れた声が彼女の耳に落ちてきた。

 振り向くと、そこにはフィルの姿が。会場で見たときと同じはずなのに、正装のままの彼は、こうして夜の庭に立っているとどこか違って見える。


「フィル、どうしてここに?」

「さっき、そこでホワイトと会ってさ。……君が、ここにいるって聞いたから」


 視線を少し逸らしながら答える。


「……ブルーテイルは?」

「え?……ああ。ホワイトに聞いたのね。あの子なら近くにあった花畑で遊んでいるわ」

「そうか」


 少しの沈黙。

 噴水の音だけが二人の間を埋めた。


「隣、いいか?」

「………ええ」


 やがて、フィルが聞くとルーンは頷く。

 隣に腰を下ろして、彼は小さく息を吐いた。


「……はぁ。知らない人たちの相手は疲れる」

「お疲れ様ね」


 夜の風が肌に触れる。

 ルーンの体が、一瞬だけ震えたのに気付いてフィルは顔を向けた。


「……寒いか?」

「……ちょっと、ね」


 聞くと、彼女は小さく肩を竦めて腕をさする。

 こんな寒空の下にドレス姿でいるものじゃないと、ルーンは顔を伏せた。


「ホワイトと一緒に戻ってくればよかったのに…」

「ブルーテイルが遊んでる手前、ひとりで戻るわけにもいかないから」

「………」


 表情を固くしながらも、ルーンは笑う。

 次の瞬間、ふわりとした重みが肩に乗った。

 驚いて顔を上げると、フィルが自分のジャケットをルーンの肩にかけていた。


「え?」

「これで、少しはあったかいだろ?」

「でもこれじゃ、フィルが寒いわ」

「大丈夫。オレ、寒いの慣れてるから」


 フィルは言う。

 ルーンは一瞬だけ迷ったあと、そのままジャケットをそっと掴んだ。


「……ありがとう」


 小さく呟く。

 その声は、噴水の音に溶けるように静かだった。


「………ん、」


 フィルは少しだけ視線を逸らす。

 そして何気なくルーンの手元に目をやったとき、不意に動きを止めた。

 ルーンの右手、小指。

 淡いピンク色の宝石が、月明かりを受けてかすかに光っている。


「何だ、それ?」

「? ああ、これ……」


 指輪を見つめながら問う。

 一瞬、何を聞かれたのかわからなかったルーンだが、フィルの視線が指輪に向いているのに気付いて自分もそれを見つめた。


「ホワイトから、さっき貰ったのよ」

「ホワイトから貰った……?」


 フィルはその言葉を繰り返すように呟く。


「……私を、守るためのものらしいわ。私が無理をしなくて済むようにって」


 少しだけ言葉を選ぶようにして、ルーンは指輪に軽く触れながら言った。

 フィルは黙ってその様子を見つめ、何かを言いかけたが口を開いたところでやめた。


 代わりに、小さく息を吐く。


「……そっか」


 それだけを言って、視線を外した。


「この指輪もそうだけど、…このドレスと…私にはもったいないわ」


 眉尻を下げて、ルーンは言う。

 それを聞いたフィルは再び視線を向け、彼女の着る水色のドレスを見た。

 彼女のドレス姿を見るのは今朝ぶりだが、そのドレスは本当に彼女によく似合っていると思っていた。


 自分にはもったいない。

 そう卑下したルーンに、フィルは首を振って口を開く。


「もったいなくないよ」


 少しだけ、声の調子が変わる。


「今朝も言ったけどさ、そのドレスを着た君は凄く綺麗だよ。指輪とも相性良いし、正直言うと…あまり直視出来ないくらいには、様になってる」


 ルーンが顔を上げる。

 フィルは視線を逸らして続けた。


「ダークエルフって、人間と違って肌が白くて細身だから…自然とそういうのが似合うのかな」


 自分の言っていることを理解しているのか、フィルの言葉は真っ直ぐだった。

 ルーンは彼の方を向いて、少しだけ目を瞬かせる。それから、ふっと力を抜くように微笑んだ。


「…口が回るのね」

「え?」

「パーティ会場でどんなお世辞を言ってきたのかは知らないけど、そういう口から砂糖を吐きそうな台詞はそうそう言わない方がいいわよ」


 強めの口調。

 けれど、その声にはさっきよりもわずかに温度があった。


「……?」


 ぽかんとして、フィルは首を傾げる。

 そしてすぐに自分が言ったことを思い出し、顔を赤くして慌てふためいた。


「えっ、あ、いや……!あれはその、違くて!あ、えと…違うってのは違うか…。ええと、つまり…オレが言いたいのは…っ」


 バツが悪そうな表情を浮かべながら、フィルは言う。

 その言葉はめちゃくちゃで、ルーンは口元を緩ませて笑った。


 再び沈黙が落ちる。

 けれど今度の沈黙は、先ほどよりも少しだけ柔らかい。

 噴水の水音が、変わらず静かに響いている。


「……その、つまり、だからさ……そんなこと言ったら駄目だ。…って、これも違うかな。あーもう…」


 フィルがぽつりと呟く。

 少しだけ照れたように、彼はそっぽを向いて頭を抱えた。


「…………」


 ルーンはくすりと笑い、ジャケット握る手にほんの少し力を込める。


 夜の冷たさは変わらないはずなのに、不思議と寒さは和らいでいた。



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