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ブルーテイル・ハピリス  作者: aki.
2、カラーを求めて
109/160

観察対象





 城の廊下は、夜になると別の顔を見せる。

 人の気配が薄れた空間には足音だけが規則正しく響き、高い窓から差し込む月明かりが長い影を床に落としていた。


「…………」


 ホワイトは静かにそこを歩く。

 先ほどルーンに指輪を渡し、そのままパーティ会場へ戻る途中だった。


 窓の外へ視線を向けると、夜空には細い三日月が浮かび、その淡い光がガラス越しにホワイトの姿を映している。

 冷たい空気とは裏腹に、どこか澄みきった心地よさがある夜だった。


 そのまま歩みを進めていると、前方から誰かがこちらへ向かってくるのが見える。

 月明かりに照らされ、その輪郭がはっきりと浮かび上がった。ホワイトが立ち止まると同時に相手も足を止める。


「あ」


 先に声を上げたのは、その人物の方だった。


「ここで何をしている」


 淡々とした問い。

 ホワイトのもとへ歩み寄ってきたのは、フィルだった。


「あー、…えと、…少し、外の空気を吸いたくて……」


 フィルはわずかに視線を外しながら答える。


 一瞬の沈黙。


「……ルーンは?」


 短く問われる。


「何故」

「一緒に出てっただろ?」

「見ていたのか」

「たまたま……。偶然、見えたんだ」


 ホワイトは一拍置いてから、答えた。


「……私のルーンは、現在この先の噴水広場にてブルーテイルと戯れている。少し休んでから戻ると言っていたから、気になるのなら行くといい」

「…………」


 フィルは何も言わず、その言葉を受け止める。

 その表情は何か言いたげだ。


「……どうした」

「……いや。その、“私のルーン”ってのが気になって。ずっと言ってるよな、それ」


 ホワイトは首をわずかに傾ける。


「何か問題か。私のルーンも、君と同様にこの呼び方が気になるらしいが、おかしなところはないはずだ」


 感情の色をほとんど乗せないまま、言葉だけが真っ直ぐに差し出される。

 それを聞いたフィルは困ったように眉尻を下げ、頬を軽く掻いた。


「まぁ、その人のことをどう呼ぶかってのはその人の勝手だけど……」

「君は、私のルーンを私のルーンと呼ばないな」

「え?」

「私と君の、私のルーンを想う気持ちは同じだ。なのに、君は私のルーンを私のルーンと呼ばない。それは何故だ」

「………」


 予想外の言葉に、フィルは目を丸くする。


「何故って……呼ぶわけないだろ」

「何故だ。愛しているのだろう」

「――あ、い……」


 言葉が喉に引っかかる。

 視線を逸らし、少しだけ声を落した。


「……オレはホワイトとは違うんだよ。それに、むやみやたらにそんなこと言ったらどうなるか……」


 気持ち悪がられて終わりだ。

 言い淀んだあと、ぽつりと続ける。

 その言葉に、ホワイトはわずかに首を傾げた。


 “気持ち悪い”。


 その感覚は、ホワイトにとっては曖昧なものだった。

 自分の感情を伝えることにためらいはない。愛でも、嫌悪でも、憎悪でも、感謝でも。ただあるものを、そのまま言葉にするだけだ。


 だが、人間は違う。

 同じ感情を持っていても、それを口にすることは容易ではないらしい。

 その差異が、ホワイトにとっては興味深かった。


「金色の子」

「?」

「君は、私の観察対象だ。それは君だけではなく、人魚の子、大柄の子、紺色の子も同じ。もちろん、私のルーンもだ。君たちと共にあると勉強になる」


 淡々とした口調のまま、言葉が続く。


「これからも悩み、怒り、悲観し、それにより私に良い刺激を与えてくれることを期待する」

「……は?何だよ、いきなり?」


 フィルの戸惑いをよそに、ホワイトはその横をすり抜けるように歩き出した。

 その背を、何を言われたのかうまく整理がつかないまま、フィルはしばらく黙って見つめる。


 やがて、少し進んだところでホワイトは足を止めて振り返った。


「そうだ。金色の子。これだけは言っておく」

「ん?」


 短い間。


「私のルーンは寒がりだ」


 そして、それだけを告げるとホワイトは再び歩き出した。足音は次第に遠ざかり、やがて廊下の静寂に溶けていく。

 その場に残されたフィルは、しばらく動かなかった。


 やがて小さく息を吐き、その視線は噴水広場のある方角へと向けられた。



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