贈り物
きらびやかな光が、会場のあらゆるものを薄く包み込んでいた。
天井から吊るされたシャンデリアは星のように輝き、磨き上げられた床は人々の姿を淡く映している。
「また、これを着ることになるなんて……」
ルーンは裾を指でつまみ、小さくため息をついた。
淡い水色のドレスは彼女によく似合っていたが、本人にとってはどうにも落ち着かないものらしい。
「わたしは嬉しいよ!」
隣でくるりと一回転したフィラーラが、満面の笑みを浮かべる。
サクヤの厚意で招かれたこのパーティは、王都でも指折りの規模を誇るものだ。会場に一歩足を踏み入れた瞬間から、別世界に迷い込んだような感覚に襲われる。
「来たか」
「遅ぇぞ」
すでに到着していたシオンたちと合流すると、テーブルに並ぶ料理の数々が目に飛び込んできた。
宝石のように彩られた料理たちは、見るだけでため息が出るほどだ。
「……フィルは?」
ルーンが周囲を見回しながら尋ねる。
「あいつならあそこだ」
答えたのはジェイクだった。
顎で会場の奥を示す。
視線を向けると、人混みの中にひときわ整った姿があった。
彼は正装に身を包み、髪もきちんと整えられている。いつもの面影を知っていなければ、同一人物だと気づかないほどだ。
実際、ジェイクも最初はわからなかったらしい。
フィルの周囲には、見知らぬ男女が集まっていた。華やかなドレスと礼装に身を包んだ人々に囲まれ、何やら会話を交わしている。
内容は聞こえないが、その空気だけで十分に“別の世界”を感じさせた。
「やっぱ王族ってな、ああいう付き合いは必須なんかね。俺らのことは無視で、あれよという間に連れてかれたよ」
ジェイクは肩を竦める。
ルーンは何も言わず、ただその光景を見つめていた。
「ルーン!これ美味しいよ!」
弾んだ声とともに、フィラーラが両手いっぱいに皿を持って近づいてくる。皿の上には、芸術品のように盛り付けられた料理が並んでいた。
ルーンはちらりとそれを見て、眉をひそめる。見た目は美しいが、どれも味が濃そうに感じられた。
「……私は、いいわ」
静かに首を振る。
再びフィルの方へ視線を戻すが、しかしそこに彼の姿はなかった。
ルーンの目がわずかに細められる。
人の波を追うように視線を巡らせるが、見つからなかった。
「……………」
どこに行ったのか――そう思った瞬間、
「私のルーン」
背後から、淡々とした声が届いた。
振り向くとホワイトが立っていて、その手には小さな箱が握られている。
「何かしら?」
「私は、私のルーンに渡す物がある。付いてきてくれるだろうか」
「付いてくって、どこに?」
「人気のない場所へ」
その言葉に、ルーンはわずかに眉をひそめる。だが、断る理由は見つからない。
「……わかったわ」
短く答え、シオンたちに一言断りを入れたルーンはホワイトの後を追う。
その様子を、遠くからフィルが気付いて見つめる。
彼は一歩踏み出そうとしたが、呼びかけられ、手を取られ、会話の輪に絡め取られて、それ以上動くことはできなかった。
人混みをかき分けて会場の扉を抜けると、音楽とざわめきが薄れ、離れていくにつれだんだんと聞こえなくなっていった。
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夜の冷気が、城の外へ出た瞬間に肌を撫でた。
ルーンとホワイトは、人気のない回廊を抜け、やがて庭へと足を運ぶ。
そこに広がっていたのは、静まり返った噴水広場だった。
中央の噴水は絶えず水を湛え、月明かりを受けて淡く光っている。その音だけがこの場に確かな存在を与えていた。
適当な場所で立ち止まると、ホワイトはゆっくりとルーンの方へ体を向ける。
「それで、渡したいものって?」
ルーンが問いかける。
夜の王都は昼よりも一層冷え込んでおり、彼女は小さく肩を震わせながら腕をさすった。
「私のルーンにこれを渡す」
ホワイトはそう言って、先ほどから手にしていた小さな白い箱を差し出す。
紫色のリボンが丁寧に結ばれていた。
ルーンはそれを受け取り、首を傾げる。
「何これ?」
「指輪だ」
「ゆ……」
あまりにもあっさりと告げられた言葉に、ルーンは一瞬息を詰まらせた。
「………」
言葉にならないまま、手元のリボンをほどく。
そっと蓋を開けると、中には確かに指輪が収められていた。淡いピンク色の宝石が埋め込まれ、月明かりを受けて静かに輝いている。
「……どうしてこれを私に?」
恐る恐る問いかける。
「グリーンのもとへ行く前に、私は、私のルーンを守る術を考えた。そして思い付いた。私の魔力を込めた指輪を作成し、私のルーンに渡そうと。その指輪を嵌めれば、私のルーンはグリーンの解放時に体力を吸われずに済む」
ホワイトは表情を変えないまま、淡々と説明した。
ルーンは指輪をつまみ上げ、しばらくのあいだ見つめる。小さな宝石の中に、確かに力が宿っているように感じられた。
「私のルーン。その指輪を右手の小指に」
静かな声で促される。
わずかに訝しむような表情を浮かべながらも、ルーンは言われた通りに指輪を小指へと嵌めた。驚くほど自然に、ぴたりと収まる。
「これでいいの?」
「ああ。それでいい。よく似合っている。私のルーン」
ホワイトはそう言うと、ルーンの手をそっと取った。その動きは静かで、無駄がない。
そして、そのまま宝石へと唇を近づける。
触れるか触れないかの距離で、一瞬。
次の瞬間、唇が離れると同時に宝石がかすかに光を放った。月光とは違う、内側から滲むような輝き。
「これで、私のルーンはもう恐れる必要はなくなった」
「……別に、怖がってなんていないわ」
噴水の音が、変わらず静かに響く。
夜の庭は二人だけの秘密を抱えたまま、何事もないかのようにそこに在り続けた。




