第十一章「闇の勇者」1
(暗い・・・ここはどこだ・・・?)
彼は暗闇の中にポツンと自分の存在を感じていた。
(手足の感覚がない・・・それどころか、顔の半分くらいしか神経が通っていないみたいだ・・・)
光、今の彼にはそれを見ることさえできないが、感じ取ることだけはできる。
(くそ・・・あの光、何か大切な物な気がする。ああ、痛え・・・!あの野郎ッ・・・!トシミツ、トシミツーーーーッ!)
場面は切り替わり、毒々しい紫色の沼が辺りに点在する奇妙な森を、1人の老人が馬を引いて歩いていた。
その老人は馬には乗らず、代わりに人間サイズの血の滲んだ大きな麻袋を乗せて、まるでカタツムリのように沼地の奥にゆっくりと進んでいく。
この沼は魂吸沼と呼ばれており、憎悪を糧として蘇った死者と呼ばれる恐ろしい怪物の棲家となっているのだが、この老人はそんな怪物達を無視して進み、やがて立ち止まると麻袋を馬から引き摺り下ろそうとしていた。
この老人の名はテラー。
恐怖を操る幻惑師であり、死者達はこのテラーが見せる恐怖の像に萎縮して、この無防備な老人の様子を観察することしかできないでいるのだ。
テラーはやっとで、馬から大きな麻袋を引き摺り下ろすと中を確認した。
中には大量の肉片が詰め込まれていた。
一見、ぐちゃぐちゃすぎて何の肉片かわからないが、所々人間の指や髪の毛が混ざっている。
そして、なぜか肉片の中に血まみれの酒瓶が1つ顔を覗かせていた。
テラーがこの麻袋を定期的に開いて確認するのは、肉片の鮮度を見るためだった。
「不思議な現象だ・・・」
テラーは思わず呟いた。
実はこの肉片、1週間ほど前からその鮮度を保っている。
テラーはこの肉片の正体である主、タモツの死を思い出していた。
騎乗戦にて、最終的にトシミツに追われ、その槍の餌食となり、馬から引き摺り下ろされて、殺到する歩兵や馬の蹄、弓矢や魔法の嵐を受け、他者の遺体とかき混ぜられて、ぐちゃぐちゃの肉塊と化したタモツ。
テラーはタモツの敗北を確信したショックにより、しばらく放心状態となっていたが、やがて正気を取り戻すと無数の肉片の中からタモツを探し始めた。
しかし、タモツは戦争というミキサーによって、あらゆるものと一緒に砕かれて、地面に散らばる大量の肉の海に溶け込んでしまっている。
(せめて、手厚く葬りたい・・・)
テラーは肉の海を泳いだ。
(何かタモツと判別できる特徴はないか・・・)
そして、肉を掻き分けるうちに、ちょっとした異変に気がつく。
肉の海に散らばった肉片があちこちで脈打っている。
テラーはそれをタモツだと思いたくて、そう決めつけて探した。
(呼んでいる・・・)
だが、心臓から引き離されたただの肉が脈打つなどあり得ないことだろう。
その肉片の1つはすぐに見つかった。
こぼれないように優しく両手でそれをすくい取ったテラーは、その脈打つ原理をすぐに理解した。
腰のベルトに括り付けているタモツから預かっていた酒瓶が、わずかだが揺れている。
(酒を飲みたがっている・・・)
テラーが酒瓶を開け、肉片に少量の垂らすと、なんと肉片が色めき出したのだ。
その様子を見たテラーは、少なくともタモツの肉体がまだ死んでいないことを悟った。
辺りはついに人間達の戦場に魔人が乱入し、騒がしくなってくる。
(もはや、敵味方は関係ない。我が主はタモツのみ)
テラーは恐怖の像を利用し、自分の周りを撹乱、時には同志討ちさせて、酒と肉の脈を頼りにタモツのパーツを素早く麻袋に詰め込んでいく。
全てを詰め込むと、テラーはその混沌とした戦場から脱出した。
目指すは死者の住む沼地、魂吸沼。
タモツを蘇生させる方法を知るには、その地を訪れるしかないのだ。
今、テラーは沼地の真ん中で、比較的大きい肉片を酒で濡らした布で磨いている。
そして、相変わらず肉片が怪しく色めき出したことに、テラーは安堵していた。
(肉が酒の味を記憶しているのだろうか・・・)
テラーはそう考えながら、休憩がてら他の肉片も次々に磨いていった。
しかしふと、辺りのざわめきに気がついたテラーが顔を上げると、5体の死者の騎士に囲まれてることに気がつく。
レベル12〜15の死者の精鋭といったところだろう。
これほどのレベルを持つ死者に対し、テラーの発する恐怖の像は無力のようだ。
「貴様は何者だ?」
死者の騎士の代表がテラーに聞いた。
その言葉を聞いてテラーは、地面に額をつけて平伏し答えた。
「わたくしは幻惑師のテラー。主人を蘇らせるためにここに来ました。どうか死者の王にお取り継ぎください。主人が復活した後であれば、私は喜んでこの命を捧げましょう」
死者が生者の魂を求めることを、テラーは知っていての申し出だった。
「そうか、して貴様の主人はどこにいる?」
「これに詰められた肉片でございます」
テラーは血の滲んだ麻袋を開いて見せた。
死者達もまさかこのゴミのような肉片がテラーの主であるなどということは思いもしない。
「貴様、それを見て無理だということが分からんか?」
「王にお取り継ぎください」
テラーは再度、曇りなき眼で訴える。
死者達は報告せざるを得なかった。
この高レベルの幻惑師が、のうのうと死者の国に侵入し、奇妙な要求をしているという事実を。




