67話 ネットに潜る
今夜はエクセリアと二人では久々のホテル泊まりだ。
学園の防衛とランドール家までの護衛の二件でシエナたちからそれなりの報酬はもらっているので、安めのビジネスホテルではなく中級ぐらいのシティホテルを選んだ。
設備とか防犯性とか諸々含めて、治安の悪いパンドラでは宿泊費はあんまりケチらない方がいい。
ついでにもう一点。このホテルはペット連れOKなのだ。
「よーし走れコンブ! 部屋の中を毛だらけにしてやれ! あはははは!!」
部屋に入るなり、エクセリアは持ち運びケージから黒猫のコンブを出して遊び始める。
コンブも元気なもので、見慣れない部屋を隅々まで駆け回ってはあちこちの匂いを嗅いだり体を擦り付けたりしている。猫って環境の変化が苦手だったりするんじゃなかったか? なんとも好奇心旺盛で図太い猫ちゃんだ。
「あんまりはしゃぐなよ。俺は鼻炎持ちなんだ。毛とかホコリがあんまりひどいと寝れなくなる」
「鼻炎薬を持っているだろう、我慢しろ! 窮屈な思いさせちゃったからな〜存分にのびのびしろよ、コンブ」
「……薬飲むか」
エクセリアの中には明確に家庭内ヒエラルキーがある。一番エラいのが自分で次にコンブ、最下位が俺だ。
全てを諦めた俺は市販の抗アレルギー剤を飲んで、ひょこひょこ歩き回るコンブの前にしゃがみこんでみる。可愛いね。撫でさせて?
「フシャアッ!!」
「いてっ」
肉食獣のまなざしを見せたコンブの猫パンチが俺の手をはたく。
コンブめ、エクセリアには忠犬みたいに懐いているくせに俺にはひたすら塩対応だ。何故?
「お前の触り方はなんかベタベタ気持ち悪いんだ。なーコンブ」
ニャッと愛嬌のある声でコンブが返事をする。くそっ、相手で露骨に態度を変えやがって……。
そうは言っても猫に腹を立てるだけ愚かで哀れで惨めなので、俺は備え付けの作業テーブルに着いて、フロントで借りたパソコンを立ち上げた。
当たり障りのない風景画が設定された起動画面を眺めながら、フロントで手渡されたパスワードをポチポチと入力する。
スマホは頻繁に触っていたけどパソコンは久しぶりだ。そもそも礎世界にいた時もほとんどスマホしか使っていなかった。俺は機械にそれほど強い方じゃないのだ。
「えーと、ネットってどれだ……? 微妙に表示の勝手が違ってよくわから……あ、これか」
10分近く四苦八苦してしまったが、どうにかネットに接続することができた。
マウスをカチカチと余分にクリックしながら、見つけた検索エンジンに言葉を並べていく。
黒貌王、死者の王、目撃、噂、証言、テロ……そんなフレーズを並べてネットのページを渡っていくが、出てくる情報は無駄に雑多だ。
例えば、大きめの掲示板の『黒貌王について』というトピックを立ててみると。
——『黒貌王について何か知らない?』
『よくいるテロリスト』
『厨二拗らせたバカだと思うよ。黒い兜なんか被っちゃって』
『クソダサメットマン』
『そもそも実在すんの?』
『死者の王は人類を滅ぼす! 汚れた人間を薪に焚べるために都市が生み出した浄化装置なのだ!』
『近所のコンビニでタバコ買ってんの見たけど』
『それコスプレじゃね』
『俺タクシー運転手だけどこの前乗せたわ。女侍らせててクッソ印象悪かった。女はブスだった』
『そんなもの実在しないよ。架空の敵作って支持率稼ぎの議員お得意パターンじゃない』
『まーたプロパガンダか』
『第三競馬場の居酒屋でモツ煮食ってた。馬券はスってた』
『企業連の陰謀でしょ。そこらのホームレスに金握らせて目立つ格好させて、黒貌王って存在を口実にして邪魔な議員を始末してる』
『陰謀論で草』
『ソース出せよ』
『金持ちのボンボンの趣味だってさ』
『ありそう』
『死者蘇らせて地下で強制労働させて稼いでるらしい』
『謎の棒を永遠回させられてるって』
『永遠←まちがい 延々←せいかい』
『僕が言いたいのは永遠』
『死者の王は人類を滅ぼす! 汚れた人間を薪に焚べるために都市が生み出した浄化装置なのだ!』
『死者の王は人類を滅ぼす! 汚れた人間を薪に焚べるために都市が生み出した浄化装置なのだ!』
『コピペ連投やめろ』
『荒らしか?』
『死者の王は人類を滅ぼす! 汚れた人間を薪に焚べるために都市が生み出した浄化装置なのだ!』——当該回線はBANされました。
『BAN食らってて草』
そんな具合のやりとりを、いくつかのサイトいくつかの掲示板で眺めてみた。
自分で立てたトピックに、それとは別に既存のトピック。カチカチとクリック、スクロールしながら目を滑らせていくうちに、自然と俺の口から独り言がこぼれる。
「すごいなネット。何の参考にもならない……」
うーん不毛だ。責任の所在不明な情報と妄想とデマの堆積。
もちろん全部が全部ウソだと頭ごなしに決めつけてるわけじゃない。ネット利用者にはバカもいれば賢者もいる。玉石混交ってやつだ。だが問題は、その真贋を判別できるだけの知識がこっちにないという点なのだ。
情報通……例えばバーガンディみたいな人がこの情報群を眺めたなら、地層から化石を発掘するみたいに光る何かを掘り出せるのかもしれない。だが何も知らない俺の目では、貴重な情報もアホが流すデマも等しく石ころなのだ。
「わけわかんねえな。……ちょっと休憩するか」
ベッドに寝そべってスマホでポチポチやるのとは違って、椅子に座って真剣にやるネット漁りは結構疲れるものだ。
一時間半ほど画面とにらめっこをしていたせいで目が疲れた。上を向いて目頭をマッサージしていると、いつの間にか風呂に入ったらしいエクセリアがタタタと俺のそばに駆け寄ってきた。
「ネット終わった?」
「いや、まだ。休憩中」
「ふーん。手伝うことあるか?」
「パソコン一台しかないから大丈夫だよ。ありがとう」
「そうか。私もパソコン使っていい?」
「いや、今使って……まあ、休憩中だからいいか」
俺は椅子から退こうとするが、それを待たずにエクセリアは膝の上に座ってきた。
「おい、乗るなって」
「喜べアリヤ、私の椅子になる名誉をくれてやる。座り心地悪くなるから微動だにしちゃダメだぞ」
「暴君かよ」
まあ、軽いからいいか。
椅子の肘掛けに右肘を置いて、楽しげにパソコンをいじるエクセリアの頭を眺めながら頬杖をつく。
……眠い。
エクセリアは元々体温が少し高い。子供特有の血行の良さか、大人の肌よりなんとなく温かく感じる。
そこに風呂上がりのほかほか感が相まって、俺は急な眠気に襲われてしまう。
——ニャア。とコンブの鳴き声を聞いて、俺はハッと意識を取り戻す。
5分? いや10分ぐらいうとついていただろうか。エクセリアは相変わらず俺の膝に座ってカタカタとキーボードを叩いていて、パソコンの横にはいつの間にかコンブが鎮座していた。
手持ち無沙汰の俺は、怒らせないようにそっと猫の背中に触れてみる。
するとそれが功を奏したか、虫の居所が良かったのか、珍しく喉をゴロゴロと鳴らしながら大人しく撫でさせてくれた。柔らかい。毛がふかふかで背骨がしなやかだ。可愛いなあ。
と、ふと、パソコンの画面に目を向けた俺は「えっ」と声を出した。
「エクセリア、なんだそれ!?」
「は? Twisterだが? SNSも知らんのか。遅れてるなぁアリヤは」
「Twisterは知ってるけど。その【コンブ】ってアカウント、エクセリアのだよな?」
「そうだぞ。前教えたのに忘れたのか」
「覚えてるけど……ええ?」
俺が何に驚いているかといえば、エクセリアの【コンブ】アカウントのフォロワー数にだ。
20000人。作ってからまだ一ヶ月も経っていないはずのアカウントなのに、フォロワー数がもう20000人に到達している。
タレントや有名人は別として、5000人いればかなり多く、10000人に乗ればインフルエンサー。数字的にはそんな印象なのだが、どうしていつの間にそんな数に?
「なんで?」
「なんでって、コンブの写真とか動画上げてたらバズったのだ。見てないのか?」
「見てるよ。いや、ここしばらくは忙しくてTwister触ってなかったけど……」
俺が困惑するのをよそに、エクセリアはスマホの方でもTwisterを開いてささっと画像を投稿する。
載せたのはコンブが餌に飛びついている動画だ。ついさっきこの部屋で撮ったようだが妙に撮り方が上手い。躍動感がある。
「これ自分で撮ったの?」
「他に誰もいないだろう」
「ははあ……」
ポンと気軽に載せた動画の反応が見る間に増えていく。確かにいい動画だ。コンブの愛らしさがよく撮れてる。
俺が感心しきっていると、エクセリアがカチカチとパソコンの画面を切り替えた。
「あと、お前が寝てた間にちょっと調べておいたぞ。一つ一つの情報が正しいか確かめることはできなくても、多くの人間が同じことを言ってるならそれは参考になる情報だろう!」
「た、確かに……」
表示された掲示板の中、いくつかの書き込みがピックアップされている。
付箋のようなラベル付け機能でエクセリアが情報を拾い上げておいてくれたらしい。
「ええと……異日を読め。異日に黒貌王のことが書いてあった。異日は予言書。黒貌王は異日のフォロワー……? なんだ、“異日”って」
「それも調べたぞ。なんか本だって。変な本」
「手回しいいなあ。どれどれ」
エクセリアが開いてくれたページに目を通していくと、“異日”というのがパンドラで流通している本だということがわかった。
曰く、異日はレールマンという著名な作家が遺した奇書だという。
妄想を書き連ねた支離滅裂な内容で大バッシングを受けてレールマンは自殺。少しだけ話題になったが、やっぱり支離滅裂で面白くもないとそれほど日の目を浴びなかった本だという。
そしてそれに黒貌王の存在が記されているのだと。
「うーん……黒貌王が現れるようになったのがここ一年ぐらいで、異日が書かれたのはもっと前か。じゃあ単純に影響を受けたやつなんじゃないかって気もするけど、よくわからないな」
「街にたくさん出回っている本だって。今度探して読んでみればいい」
「そうだな、とりあえずその本のことがわかっただけでも収穫かな。ありがとう、エクセリア。助かったよ」
「ふっふふ! 褒めろ! 撫でろ!」
求められるままに頭を撫でながら、俺は驚きの余韻をじっくりと噛み締める。
認めなくては。エクセリアは俺よりネットが上手い。
なんだか尊大で子供っぽい性格と記憶喪失とで庇護対象だとばかり考えていたけど、この子はひょっとして俺より強くて俺より頭が良い有能なんじゃないか?
ああいや、別に卑下する気はない。俺だって右も左もわからなかった土地で頑張ってるさ。
ただ、認識は改めた方が良さそうだ。この子はただ守られるタマじゃない。
相棒。エクセリアはそう言っていたが、俺の方からもそんな認識を持った方がいいのかもしれない。
……うん。対等な関係でやっていけたらいいな。
そんなことを考えながら、少しの敬意を込めて、俺はエクセリアが満足するまで頭を撫で続けた。




