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昏睡青年〜空白の半年、変わってしまった日常〜  作者: 替玉 針硬


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第3話

校門の前に立った瞬間、足が止まった。


見慣れていたはずの校舎が、やけに遠く感じる。

久々に聞く、ガヤガヤとしたざわめき。


半年前までは、何も考えずに通っていた道だ。

なのに今は、一歩踏み出すだけで、妙に意識してしまう。


他の生徒たちの視線が、やけに集まっているような気がして、足がすくんだ。


――ここでビビっていたら、何も始まらない。

勇気を振り絞り、一歩一歩、前へ足を進める。


歩き出してしまえば、案外、大したことはなかった。

冷静になれば、自分の存在が全校生徒に知られているなんて、思い上がりもいいところだ。


それでも、完全に平気になれたわけではない。

だが、それもきっと、時間が解決してくれるだろう。


俺はそのまま、それぞれのクラスが記載された表のある場所へ向かった。


クラス表を凝視すると、俺の名前があった。


「……B組か」

どうやら、俺のクラスはB組らしい。


去年、同じクラスだった生徒もB組に何人かいるようだ。

南川も、その一人だ。

新しいクラスに南川の名前を見つけて、胸の奥が、ほんの少しだけ緩んだ。


……あの子は、別のクラスか。

そういえば、この半年の間、あの子はどのように過ごしてきたのだろうか。


まあ、それも学校生活の中で分かっていくだろう。

いまは、自分が学校生活に戻ることを優先しよう。


クラス表を後にして、昇降口へ向かい、靴を上履きに履き替える。


久しぶりの感覚だ。

こうして、靴を履き替えると、学校生活に戻ってきた、ということを実感できる。


階段を上り、B組の教室へ向かう。

教室の前で、俺は一瞬立ち止まった。


1年の時に同じクラスだった生徒を何人か見かけて、肩に、無意識に力が入るのが分かった。


「……ふう」

一旦、深呼吸をして気持ちを切り替える。

そして、教室へ足を踏み出した。


教室へ入ると、一部の生徒からの視線が痛い。

1年の時、同じクラスだった生徒は半年と数ヶ月ぶりに見かける俺の姿に多少驚いた様子だが、すぐに視線を逸らす。


親密な友人でもない限りは、そんなものだ。

むしろ、そういうリアクションで済ませてくれた方が助かる。


「スマイル、久しぶりの学校はどうだ?」

……こいつのリアクションに比べれば、はるかにマシだ。


「……インフルエンザで連日休んで、久々に学校来た時の気まずさを何倍にもした感覚だ」

「ははっ、なんだそりゃ」

俺からすれば、本当にそんな感じなのだ。

保健室登校の生徒が、久しぶりに教室へ戻る時の気まずさとも、少し違う。


とりあえず、自席に腰掛ける。

担任がやってくるまで、暇つぶしに黒板を眺めることにする。


「ねね、キミキミ」

隣の席の女子生徒から急に話しかけられた。

あまり見覚えのない生徒だ。

1年の時は同じクラスではなかったはずだ。


「え、俺?」

「そうそう、キミ。キミって、転校生?」

どうやら、俺に見覚えがないから話しかけてきたようだ。


「いや、1年の時からこの学校だよ」

「あれ、そうなんだ? 全校集会でもあんまり見かけたことなかったから、てっきり転校生かと思っちゃったよ」

どうやらこの人は、人の顔をすぐ覚えるタイプらしい。少し羨ましい。


「私、春宮 桜花」

春宮、という女性は急に自己紹介してきた。

これは、お返しに名乗らないと失礼だろうな。


「俺は、東 一太郎。よろしく、春宮さん」

「うん、よろしくね!東くん」

随分とフレンドリーな人だな。


「ところで東くん」

「何かな?」

「なんで、さっき"スマイル"って呼ばれてたの?」

さっきの南川との会話をどうやら聞かれていたらしい。

南川は俺のことをスマイルと呼ぶのをやめてくれないせいで、1年の時も同じクラスの生徒に"なぜ、スマイルと呼ばれているのか"とよく質問されていたのを思い出した。


説明が面倒くさいので、できればやめてほしいのだが、

どうせまた、同じ説明をする羽目になるのだろう。


「……ふーん、変なの」

南川、お前のせいで早速新しいクラスメイトに変なやつ扱いされそうだ。どうしてくれる。


そうこうしていると、教室へ担任の教師が入ってきた。


1年の時は別のクラスの担任だった人だ。

社会科の教師で、授業も分かりやすく楽しかった印象がある。


「みなさん、おはようございます。今日から、みなさんの担任を務めることになる山口です。去年は、1年生の社会科の教師をやっていたので僕のことを覚えてくれている人もいるかもしれません。今日から1年間、よろしくお願いしますね」

山口先生の挨拶が終わり、生徒たちの自己紹介の番になった。

1年の時は無難な自己紹介で平和に済ませたが、今回は半年間寝ていたことにちなんだジョークを入れてみようかと少し考える。


「どもー!俺、赤井 裕貴です。あ、この腕の包帯は、ちょっと前に部活で怪我しちゃってこうなりました!いやー、これじゃロックマンみたいだなー、なんつって」

赤井くんは、ドッ…と笑いが起きることを想定していたのかもしれないが、思ったよりもクラスの皆が静かに聞いているので、焦っている様子がいたたまれない。


……危ない。俺もこうなるところだった。

赤井くんの犠牲を参考に、俺は今年も無難な自己紹介をさせてもらう事にする。


「東 一太郎です。1年の時は図書委員やってました。趣味は読書です。よろしく、お願いします」

パチパチと拍手で平和に終わった。

かなり普通の自己紹介だが、最初はこんなもので良いのだ。よほどのお調子者でない限りは、最初にカマす必要などない。


それ以降の生徒たちも、無難な挨拶を淡々と行っていく。


「西沢 裕香です。 1年の時は諸事情で途中から図書委員をやってました。 今年もやる予定なので、みなさん図書室に遊びに来てくださいね」

俺が昏睡状態になってから、図書委員をやってくれていた人だろうか。

どこかで見たことがある気がするのだが、どうにも思い出せない。


「春宮 桜花でーす。ちょっと意外かもだけど、読書が趣味です。みんな、仲良くしてね」

……ちょっと、意外だ。


「……ねえ、そんなに意外だった?」

「え?」

「顔に、出てたよ」

「ごめん、本が好きそうには見えなくて」

「人を見た目で判断するのは、感心しないな」

「おっしゃる通りで。ごめん」

「ま、許してあげるよ」

確かに、今のは俺が悪い。

ここは、春宮さんの寛大な御心に感謝しておこう。


「夜野 静です。先程自己紹介されていた西沢さんと同じく、図書委員をしていました。本年も図書委員になる予定ですので、御用の際は私までお願いします」

なんと、業務連絡チックな自己紹介だろう。

夜野さんは、1年の時に図書委員として一緒に働いていたので、さすがに見覚えがある。


1年の時の図書委員は、俺と"あの子"と夜野さんの三人で、シフトを組んで活動していた。


夜野さんは、良くも悪くも真面目な性格をしていて、どうにも俺と波長が合わず、雑談などをしたことがない。

一緒に働く相手としては、これ以上ないくらいに頼りがいのある存在なのだが。


「……今年の図書委員のシフトですが」

夜野さんは淡々と紙をめくり、

そこで一瞬だけ、言葉を切った。


「一名、まだ未確定です」

その一言が、妙に耳に残った。

そして、夜野さんの視線は俺を向いていた。


どうやら、俺は図書委員として復帰せざるを得ないようだ。


――図書委員として復帰した俺が、あの頃にはもう戻れないことを実感することになるなんて、この時は思いもしていなかった。


あとがき

3話目にして、初の学校パートです。

ご存知の方もいらっしゃると思いますが、別作品でゴリゴリのラブコメをやっているので、つい癖でラブコメのノリになりそうなところ、我慢して青春ものラノベくらいの空気感を維持するのに四苦八苦しております。

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