第4章 ⑦
「事実だと言ったら、どうするつもりだ?」
「お前を、消す」
悠人はシンに掴みかかって凄む。しかしシンは焦ることなく、余裕そうに見下した口調で語る。
「ワシはあくまで依り代。この猫が死んだところでワシは死なんぞ。また別の依り代で浦部楽を殺すだけだ」
「だったらこれはどうだ?」
悠人は懐からお札を取り出す。怨霊を調べていた時に、史料に挟まっていたものだ。
「怨霊だったお前ならこれも効くだろ?」
「どこまで馬鹿なんだ、お前は」
シンは人の心を逆なでするように、冷たく嘲る。
「ワシは浦部鈴を取り込んでいるんだぞ?」
「……?」
「ワシが消滅すれば、浦部楽も同じように消滅する」
「なっ……!?」
「初めから結果は決まっているのだ。警告しただろう? 浦部楽が死ぬか。小僧が先に死ぬかの違いだ」
シンが叫んだ次の瞬間、突風が吹いた。
倒れていた大木が揺れて、枝の一部が屋台に当たる。すると屋台に使われていた火が大木に燃え広がる。瞬く間に猛火となってしまう。
これもシンの仕業か。
「さて、次の希死念慮は止められるか」
シンが牙をむき出しにして、邪悪な笑みを浮かべる。
「待って!」
一瞬、彼女が発したものだと認識できないほど、張り詰めた声だった。
「私がこれを使えばいいんだよね」
素早い動きで、悠人からお札を奪い取る。
その場にいた全員が呆気にとられる。
「ちょ、ちょっと待って……」
悠人が震える声で、引き留める。
怨霊を消滅させるお札。それを彼女が使えば……。
「死んじゃうんだよ?」
「分かってる。でも、これ以上悠人くんたちに迷惑はかけられないよ」
「迷惑じゃない!」
悠人は彼女の言葉を打ち消すように叫ぶ。
彼女の迷いのない言葉が恐ろしかった。すでに彼女の強い意志が伝わってきていた。
「おい止せ! やめろ!」
シンも顔色を変えて焦る。康太の拘束を解こうと暴れる。
「『にゃ…』がぁ!」
「させねえよ」
康太が希死念慮を誘発しようとしたシンの口を抑える。しかし長くは持たないだろう。力が強まっている以上、何を仕掛けてくるかわからない。
早く何とかして彼女を止めないと……。
そう考えはするものの、悠人にはそれを止めるほどの言葉が思い浮かばなかった。
焦るばかりで言葉がうまくまとまらない。お札を奪い取ろうにも体がうまく動かなかった。
「……好きだ!」
悠人が零れ落ちるように言葉を発する。
「一目見た時からずっと追いかけてた。希望をくれた。何があっても必ず助ける」
弱弱しくみっともない嗚咽交じりの告白だった。何が何だかわからないくらいに感情があふれて、胸がいっぱいになる。それでも頭に浮かぶ言葉をそのまま伝える。
「だから死んじゃダメだ……」
最後には泣き崩れていた。ほとんど泣いたことがなかったのに、このところ泣いてばかりだ。
彼女の顔が見られない。どんな顔をしているだろうか。
「ねぇ」
彼女が穏やかに語りかけてくる。
「私も悠人くんのこと、好きだったよ。気づいてた?」
それからいたずらっぽくクスッと笑う。
「言えて良かった。ずっと後悔するところだったよ」
「そんなこと言わないでよ。一緒に逃げよう。死ぬまで守ってみせる」
「それはダメだよ」
「ど、どうして?」
「私も同じくらい、悠人くんを助けたいと思っているから。身を挺してでも助けたい」
「……っ!」
悠人はもう何も言えなくなってしまう。苦渋の唸り声を発して押し黙る。
「……それじゃあ、またね」
彼女は腕から流れていた血をお札に擦り付ける。それがお札の使用条件だ。どうやら史料を読み漁っていたときに目を通していたらしい。
刹那に彼女が瞬いた。
アニメみたいに別れを惜しむ暇なんてなかった。まるで幻だったかのように跡形もなく消えた。
悔しかった。
彼女を救えなかったこと。気づくのが遅かったこと。何も伝えられなかったことが、悲しかった。
同時に嬉しくもあった。
彼女が救われていたこと。想いが届いていたこと。
そして、彼女と想い合っていたことが嬉しかった。
それでも彼女は死を望んだ。




