第4章 ⑤
シンは何も言わずに、ただ前足をぺったりと地面につけて後ろ足を横に流すようにして寝転んでいる。
悠人はシンの出方を伺うが、慌てる様子も驚く様子も見せない。質問に対して否定も肯定もしない。
時折、尻尾を左右に揺らすだけだ。
余裕があるのか。こうなることを見越していたのか。いずれにしても軽くあしらわれているようで気分が悪い。
それでも悠人は冷静に自分を落ち着かせて話を続ける。
「シンがわざわざ僕たちのところに正体を明かしに来たのは、僕に目撃されて邪魔されたからだ。1度ならまだしも2度目となれば誰でも関係性を疑う。変に調べられるより自分から正体を明かした方が疑われないと考えたんだろう」
シンが彼女に「死ね。」と命令していたのだ。怨霊が彼女を狙う合図なんかじゃない。
康太が悠人とシンが一緒に行動するように提案したときも、シンは何故か渋っていた。普通彼女のことを助けたいのであれば、それが最善であるはずなのに。
自分の動きが制限されて、彼女を狙うチャンスが少なくなることが嫌だったのだろう。ましてや行動をともにするのは、彼女を捨て身で助ける忌まわしい人間だ。
「僕が3度目に彼女を助けた後、シンは珍しく僕の身を案じての説教してきた。だけどそれは彼女を殺すチャンスを邪魔されて苛ついていただけだったんだよね?」
もちろんあの説教で悠人の行動に躊躇いは生じない。だけどシンは3度も邪魔されたことで、口に出さずにはいられなかったのだろう。
彼女を守るといいつつ、彼女の家から駅に向かうときや、デートのときはついて来なかった。あまりにも警戒していない。
自分が希死念慮の原因だから、警戒する必要なんて鼻からなかったのだ。
「何より引っ掛かったのは、怨霊への対策を講じないことだった。彼女を助けることも大事だけど、怨霊を退治して元を絶った方が安心だ。康太に神社の蔵を調べてもらったら、怨霊にまつわる史料はすぐに見つかった。だけどシンはそれについて言及もしなかったし、見えていないと嘘までついた」
シンのことを疑って、発言を嘘だと仮定してみた。
するとこれまでの違和感に説明がつくようになった。
「それからシンのことを調べようとした。神社の蔵にあった史料を読んだ。そこには神社の歴史、シンの出生についてが書かれていた」
「……っ!」
ようやくシンが反応する。目を見開いて、尻尾をだらんと垂らした。
「始まりは戦国時代にこの土地を治めていた城主だ。正妻は跡取りとなる子どもを産むことができず、幾人かの側室が迎えられた。その後3人の側室が城主の子どもを身籠もった。しかしそのうちの2人の側室は流産してしまう。原因は唯一子どもが流産しなかった側室の女だった」
「……」
シンが毛を逆立てる。
「女は自分の息子を跡継ぎに為べく、他の側室に嫌がらせや暴力、毒物を混入させたりして、無理やり流産させた。理由は自分の息子を正式な跡取りにするためだ。このことは明るみになって女は死罪。産まれた息子も人質としての他国に身柄を渡され、その後殺害された。しかし女が死罪になった後、災いが起こるようになった。城主が病死したり、凶作によって人々が餓死するようになった。祟りを恐れた人々が女を神として祀り崇めることで祟りを鎮めた。それがこの神社の始まりだ」
つまりその側室の女がシン。
時代が違うとはいえ、身の毛もよだつような所業だ。
「僕の母親を見て大して反応しなかったのにも納得だな。今度は彼女を殺すのか。その性根は変わってないのか?」
「もう充分だよ」
シンがゆらりと立ち上がる。
より一層、辺りが寒くなったように感じた。鳥肌が立つ。
ただ単調な一言だったのに、ナイフを突きつけられたかのようだった。
「その様子だと浦部楽を殺す理由についても、おおよその察しがついているのだろう?」
「あぁ」
「そうか。それではこの茶番はもう終わりにしよう」
シンが牙をむき出しにして、ニヤリと笑う。悪魔のような邪悪な笑みだ。
「お前の推理は大正解だ、小僧」
「……康太!」
シンの自供と同時に、悠人が躊躇わずに叫んだ。
するとシンの後方にあった扉が開いて康太が飛び出してくる。
そしてシンを手で覆いかぶさるにして、捕らえる。彼女に干渉されたら面倒だ。
ここで決着をつけてやる。悠人は彼女の手を離し、シンに近づいていく。
しかしシンはまったく抵抗することなく、落ち着いていた。
「おい、ワシがなぜここ数日の間に浦部楽を狙わなかったのか分かるか?」
「……何の話だ?」
「祭事のときは力が増すんだ。わざわざ邪魔な小僧の隙をつく必要も無くなる」
胸がざわめく。嫌な予感がした。
そしてその前兆は、なかった。
辺りの大木が揺れて地響きがした。すぐに地震であることが分かった。
態勢が大きく崩れ、思わず膝をつく。地面が波打つような大きな揺れだった。あまりにもタイミングが悪すぎる。
まさかシンがやったのか?
この土地の神であれば、可能なのかも知れない。
「あまり無関係の人間を殺したくはないのだがな」
康太に捕まりながらも、シンはのんびりとあくびをする。
揺れは数十秒ほどで収まった。しかしその直後に本殿の向こう側から雷のような大きな音が聞こえてきた。
また地震かと錯覚するほどに地鳴りがした。
悠人たちは急いで、本殿の表側へと様子を見に行く。
すると境内にあった大木の一つが倒壊し、境内の中央にあったやぐらに直撃したのだった。やぐらはバランスを崩し、今にも崩壊しそうだ。
祭りを楽しんでいた人々が逃げ惑っていく。パニック状態だ。
その時だった。
『にゃあ』
シンの声がした。しまった、油断した。
彼女は悠人の脇をすり抜け、引っ張られるようにやぐらの方へと向かって行く。
そして彼女はやぐらに衝突する。ただでさえ不安定だったやぐらは完全にバランスを崩し、柱が彼女の頭上に落ちてくる。
「……くっ!」
間に合わない。ただ彼女を引っ張って連れ戻すには、あまりにも遠すぎた。
それでも悠人は飛び込んでいた。そして彼女を突き飛ばす。視界が暗くなる。
次の瞬間には砕けそうなほどの痛みが全身を襲った。
悠人の叫声は、やぐらが崩壊する音にかき消された。




