第4章 ③
苗箱を抱えた彼女が倉庫から出てきた。
彼女を1人で向かわせるのは心配だったが、杞憂に終わったようだ。
祭りに行くまでの時間、悠人は彼女の家の畑を手伝うことにした。彼女は気にしなくていい、と言っていたが、ただで泊めてもらうのは忍びなかった。
「2人でやると早いね」
ビニールハウスに入ってきた彼女は感心しながら、畑を見渡す。
悠人は初めて苗の植え付けをした。やってみると意外と難しい。ただ土に植え込むだけじゃない。均等にバランスよく植え付けるには骨が折れた。
それでも彼女が一人でやるより早くなるのは当然だ。
予定していた分の苗を植え終わったので、彼女が追加分を取りに行ったのだった。
悠人は彼女が帰還したことにホッと胸を撫で下ろす。
「無事で何より」
「心配し過ぎだよ」
するとビニールの入り口にある機械のランプが赤く点滅した。新聞の配達の時にも見かけたよくわからないヤツだ。
「あれ大丈夫?」
「あぁ、ただの動物避け。野菜を狙ってくる動物を超音波で追い払ってるの。ランプが光ったのは充電切れ間近なだけ。敷地の色んなところにあるから一個くらい切れても大丈夫なんだけどね」
彼女はそう言いながらも、家の中から交換用のバッテリーを持ってきて交換していた。
彼女は家の中では、あまり警戒することなく自由に動き回る。倉庫までついて行くと言ったが、彼女曰く家では希死念慮に囚われたことがないらしい。
つまり母親に狙われていないということになる。
外では悠人が一瞬目を離した隙に狙ってきていた。
しかし家にいるときの彼女は隙だらけといっても過言じゃない。
それに彼女もおじいさんもそれほど警戒している様子はない。
母親の怨霊は家の中に入って来られないのか?
いや、史料を調べた中で怨霊の性質にそんなものはなかったはずだ。
それならどうして、あの時にあんなことを言ったのだろう。
もしかして、何か根本的な思い違いをしてるんじゃ……。
苗を植えながら、頭の中で考えがぐるぐると巡る。
「どうしたの? 難しい顔して」
彼女が顔を覗き込んでくる。
「うん。ちょっと考え事……」
彼女に言うべきじゃない。まだこれでは推測の域を出ていない。
思い出せ。これまでの出来事を。
小さな違和感を思い返して、それから悠人は小さく息を吐く。それから彼女に問いかける。
「ねぇ、ちょっと聞いてもいい?」
「うん?」
「お母さんについて何か聞いてる?」
「あんまり。私を産んですぐに亡くなったってことくらいかな」
「今はおじいちゃんと2人暮らしなんだよね?」
「うん。ほかに家族はいないから」
今更どうしてそんなことを聞くのだろうか、といった風に彼女は首をかしげる。
小さかった疑惑が、カーペットに落ちたインクみたいにじわじわと拡がっていく。
胸の少し上辺りがざわざわと揺らめく。
ただの思い違いかもしれない。
だけどそれはもう無視できないものになっていた。
「ごめん。一度家に帰らなきゃ」
「え、どうしたの?」
「希死念慮について気づいたことが…」
誤魔化そうかと思ったが、他に何も思い浮かばなかった。
「私も一緒に行く」
「……」
悠人が迷っていると、彼女は念を押すように告げる。
「1人で解決しようとしないでって言ったよ」
彼女の頼みは、悠人にとっては世界中のどんな兵器よりも破壊力があった。それを断るだけの術は持ち合わせていない。
「分かった」
悠人は渋々承諾する。
それから彼女がおじいちゃんに断りを入れて、2人で悠人の家に向かった。
その道中で悠人は話せることを話した。シンのことや怨霊について。もちろん彼女自身のことや母親の話は避けた。
突飛であり得ないような話なのに、彼女はたまに質問をしてきたが、疑うことなく聞き入れた。
家に着くとすぐさま康太からもらった史料のコピーをチェックする。
怨霊について、前回はスルーしたところだ。
『怨霊の生まれ方と神の介入について』。
こればかりは徹夜して翻訳した自分を感謝した。
問題は神社の史料の方だ。怨霊について時間をかけ過ぎて、まったく手が回っていなかった。
「どうしよう……」
悠人が途方に暮れていると、彼女が顔を覗かせて呟く。
「それ普通に読めるよ」
「えっ」
「家に似たようなのがいっぱいあるからね。文系だし」
たとえ文系でも読める人はそれほど多くないと思う。
そんな無粋なツッコミを呑み込んで、悠人は急かすように史料を手渡した。
「お願い」
史料を受け取った彼女は、神社についてゆっくりと読み上げ始めた。




