第4章 ①
夢を見ていた。むかしの記憶。小学校低学年のころだ。
母さんが新しい父親を家に連れてきた。
「あなたのためなのよ」
母さんの慈悲深い顔を初めて見た。それから父親が張り付いた笑みと作ったような高い声で悠人に話しかけてきた。
作り物の嘘であることは幼い悠人にもすぐに分かったし、それを実証されるのにも時間がかからなかった。
新しい父親は悠人が視界に入るたびに暴力を振るった。男の力だったから、あざになった。手慣れているらしく、服で隠れるようなところばかり殴られて、周りにはバレることはなかった。
同じように母さんも悠人を邪険に扱うようになった。新しい父親に好かれるためだと悠人は推測した。夕食を準備されなかったり、露骨に無視されるようになった。父親と一緒になって暴力も振るうようになった。
しかし数か月のうちに新しい父親とやらは家に来なくなった。母さんと上手くいかなかったらしい。最後の数日は喧嘩ばかりしていた。
「あなたさえいなければ」
母さんは憎悪を顔ににじませて、悠人を睨みつけた。
それから何度も別の新しい父親が来た。
だいたいは同じように、悠人に暴力を振るって、しばらくすると来なくなった。そのたびに母さんは悠人に同じような言葉を投げかけた。
きっと母さんは自分を言い訳にして自らを正当化させたかったのだろう、と思っていた。
男の人を家に連れてくる後ろめたさとか、うまく関係が構築できなかった責任の一切を、自分に押し付けている。悠人はそう考えていた。
母さんと新しい父親たちがどういう関係だったのかは判らない。
だけど悠人に与えられたのは言い訳の愛情で、残ったのは軽蔑と暴力だけだった。
そんなものが視界を埋め尽くして、いつしか真っ暗になった。見えないように塞ぎ込んだ。その方がましだった。
『好き』に理由などない。あるのは言い訳だけだった。
「ちょっと待ってください!」
彼女の声がこだました。彼女が暗闇を照らした。
まるで明け方のように。暴力も、軽蔑も、言い訳も、すべてをかき分けて白い光が差し込んだ。視界が拓けた清々しさがあった。真っ白で誰にも邪魔されない安心感だ。
彼女が眩しく見えた。
それと同時に彼女の存在が、太陽のように遠くに離れてしまった気がした。
母さん譲りの汚い言い訳がかき消されたことで、縮めた彼女との距離が一気に遠のいた気がした。
悠人は必死に光の方に手を伸ばす。言い訳以外で彼女のもとに近づく方法がなかった。
虚空をもがいていた。夢であっても思い通りにいくわけではない。彼女との距離が近づかなかった。
いつの間にか目が覚めていた。瞼が腫れてヒリヒリとする。涙が枕を濡らしていた。
時計を見ると、午前3時だった。
バイトの影響で、休みであってもこの時間に目が覚めてしまう。
周りはふすまに囲まれていて、悠人は畳の上の布団で寝ていた。
そういえば彼女の家に泊めてもらったんだった。悠人は小さく息を吐く。
心拍数が上がる嫌な夢だ。目覚めが悪い。
今まで見てきた夢は、親に暴力を振るわれる瞬間がフラッシュバックするものだった。
もちろんそれも嫌な夢だが、これはまた別の類のものだ。
追い込まれてるような、足元が崩れ去っていくような夢だ。残されたのは誰もいない真っ白な場所。
言い訳を失って、どうやって彼女と接すればいいのだろう。悠人の唇が震える。
「僕は彼女のことが好きだ」
ふいに口を衝いて出た。
なぜかそれで彼女に近づける気がした。言い訳なんていらない。
一気に体温が上昇する。体から蒸気が噴き出しそうだった。自分の気持ちに向き合うのが怖かった。
悠人は布団にくるまって震えを抑えようとしたが、無意味に悶えているだけだった。




