幕間 ーある日の彼女の独言ー
夜は好きだ。
縁側に座って夜空を眺めると、そこはたった一つの絵を飾る美術館になる。濃紺のキャンパスには、火花のように輝く星屑がいっぱいに広がっている。地平線の果てまで広がる大きな絵は、どれだけ観ていても飽きることはない。
今日も私は縁側に座る。今夜は新月。星が主役の日だ。
伊舟はつまらない町だけど、この星空は日本一だと思う。空気が澄み切っていて、高い建物も人工的な光も無いから星が近く感じる。
これだけ夜空を観ているのに、星座や星の名前にはあまり興味が湧かなかった。
どうしてだろう。ふと疑問に思った。
そういえば以前、星座を調べて神話を読んだことがある。その時の印象のせいかもしれない。
例えば私の誕生星座、ふたご座は酷いものだった。
ふたご座は神のゼウスと人間のレダの間に産まれた双子の兄弟がモデルとなっているらしい。兄のカストルは人間の子、弟のポルックスは神の子として生まれ育った。2人は英雄として戦争で活躍するけれど、兄のカストルが矢に射抜かれて死んでしまう。なげき悲しんだポルックスも一緒に死のうとするが、神だったために死ぬことができなかった。哀れに思ったゼウスは、2人を一緒に星にした、という一見すると兄弟愛溢れる良いエピソードだ。
問題はゼウスもレダも別のパートナーがいる不倫の関係だったことだ。美しい夜空にふさわしいエピソードとは言えない。
天文学の話だって『何光年』とか『何とか爆発』とか『スペースデブ何とか』と言われても、魅力的とは思えない。私が文系だからだろうか。
知識を持ってしまったら、この星空は純粋ではなくなってしまう気がする。星を眺めて計算するなんて無粋なことだ。
そうでなくても星空が綺麗なことは分かる。名前が分からなくてもいい。
ずっと眺めていると、星たちがゆっくりと動いているのがわかる。ぐるりぐるりと世界が廻る。みんな平等で、誰1人として置いていくことはない。
時々、暗くて闇が怖いと言う人がいるけれど、それは誤解していると思う。
夜は全てを包み込んでくれる。良いことも嫌なことも、その闇で抱擁してくれる優しさがある。観ている人を癒してくれる。全てを受け入れて廻ってくれるのだ。
そうか。〈すべて〉を受け入れるのか。
ここまで考えて、私の長年の星座に対する懐疑が腑に落ちた気がした。
〈すべて〉というのは美しいものも、美しくないものも〈すべて〉だ。例えゼウスの不倫で産まれた子どもたちだとしても、だ。例えナンパ目的にゼウスが化けた動物だとしても、ゼウスが誘拐して宴席で酌をさせた美少年だとしても、区別することなく〈すべて〉美しく包み込んで廻っている。
というか、全部ゼウスのせいじゃないか。そんな下らない気付きを得て、クスッと笑う。
それでも夜は文句を言わない。
寡黙で孤独で、底なしの優しさをもつ。誰かのためであれば、それがどんなに大変でも。誰にも気付いてもらえなくても。自分を犠牲にして平気なふりして廻っている。
何だか夜は悠人くんに似ているなぁ。今日の私は冴えてる気がした。
何も言わずに助けてくれて、自分を犠牲にして文句も言わずに平気な顔をしている。
だから私は悠人くんに希死念慮のことを打ち明けられたのかもしれない。
私には両親はいないけれど、決して孤独を感じたことはなかった。おじいちゃんがいる。友達だっている。それでも打ち明けられなかった。
それができたのは、他でもない悠人くんだからこそだ。
じゃあ悠人くんのことは、誰が助けてあげるのだろう。
夜は誰に癒してもらうのだろう。
いつだって助けられてばかりで。いつ死ぬか判らないのに笑っていられるのは、隣に悠人くんがいるからだ。
私も悠人くんにとって、そんな存在になれるかな?
私は夜空に問いかける。夜空は何も応えない。
それでも何だか力が貰える。観ているだけで胸を攫うような魅力を感じられる。
夜が長くて静かなのは、きっとそんな理由なのだろう。




