第3章 ⑤
気がついた時には、時刻が朝3時を回っていた。
これまでも寝ずにバイトや学校に行ったことはあるが、今日は特別疲れた。康太からもらった史料のコピーを延々と翻訳し続けていたから、脳がフル回転させていた。
しかしいくら疲れているからと言って、彼女を1人で登下校させるわけにはいかない。悠人はいつも通りに身支度をして、家を出る。
配達は疲れていたからか、いつもより時間がかかった。少し遅れて彼女の家に向かう。
デートで自殺を止めてから、彼女とはあまり話せていない。空気が重かった。
一緒に歩いているものの、彼女は表情を曇らせて俯き歩いている。どうにかして声をかけようとするが、対人スキルが乏しい悠人が人の悩みを聞きだすことなど、到底できるはずもなかった。
それで彼女に嫌われるのも嫌だったし、変に気にかけてくる嫌な印象を持たれるのも嫌だった。
自分には好意があるわけではないのだから。悠人はそう言い聞かせた。
結局、悠人がアレコレと頭を悩ませるだけで、ほとんどまともに話せないまま学校に着いてしまう。
彼女と別れて席に着くなり、すぐに睡魔に襲われた。今日は授業を聞いている余裕はなさそうだ。悠人はうつ伏せて寝ようとしたが、頭を平手で叩かれる。
顔をあげてみると、案の定、康太だった。
「お前のことだから、寝ずに調べてると思ってたら予想通りだな」
「そうだよ、分かってるなら寝かせろよ」
眠気のせいで、思わず口調が荒くなる。
「何か分かったか?」
「怨霊については一通り。神社の方はまだ手が回ってない」
「へぇ、どんな感じ?」
「例えば怨霊は未練によって現世に留まるけど、特に亡くなった場所に執着する。だから建物や土地に定住することが多いことは分かった。いわゆる地縛霊だ。あとはお札の使い方も大体予想通りだった。張った場所が結界になって、その範囲にいる怨霊を浄化させる」
「それなら母親が亡くなった場所を聞き出せばいいのか」
「いや、無理だって」
悠人は手を大きく振って、否定する。
「でもそこに怨霊がいる可能性が高いんだろ?」
「うん。多分」
康太は簡単そうに言うが、無理に決まっている。悩みの一つすら聞き出せないというのに、突然ハードルが高くなり過ぎだ。
ましてや今彼女は落ち込んでいる。あまり変なことは聞くべきじゃない。
苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる悠人を見て、康太は首をかしげる。
「それとも何? 今喧嘩でもしてるの?」
「うっ」
あまりにど真ん中の正解に、悠人の体はビクッと反応してしまう。
「おい、マジでか。教室に入ってきたときからおかしかったけど」
「違う。喧嘩じゃなくて、彼女が落ち込んでるように見えるというか……」
「何かしたのか?」
まるで心当たりはない。心当たりはないけれど、自分の責任である気がしてならない。
何せ二人で一緒にいて、自分が助けた後に、そうなってしまったのだから。原因となったやつに、その理由を訊かれたらいい気分はしないだろう。
「じゃあまずは仲直りしろ。浦部さんを助けるんだろ?」
「それは、そうだけど……」
悠人が頭を悩ませていると、教室の後方が騒がしくなった。
目を向けてみると、騒ぎの中心には彼女がいた。
予想だにしていない状況に、思わず目を見開く。どういうわけか彼女は数人の女子から祝福され、照れくさそうに笑っている。
「何……?」
「ちょっと聞いてくる!」
そう言うと康太はさっと輪の中に入っていき、楽しそうに談笑を始めた。
あんなにも簡単に聞きに行くことができたらいいと思ったが、自分がそんなことをする想像は一切できなかった。
悠人はため息を吐きながら、その様子を眺める。
やがて帰ってきた康太から「誕生日なんだって」と聞いた。
それから始業のチャイムが鳴って、彼女を取り囲んでいた女子たちも席についた。その時にちょうど彼女と目が合ったが、すぐに逸らしてしまった。
今日の授業はとんでもなく早かった。ずっと寝ていたのだから早いに決まっている。
一番前の席は教師には死角らしい。バレることなく悠々と眠ることができた。
帰り道。彼女は来る時よりも多くの荷物を抱えていた。
かわいらしい袋や箱は誕生日プレゼントなのだろう。
「誕生日だったんだね」
「うん。本当は明日なんだけど、土曜日で会えないから前倒ししたの」
「なるほどね」
それからしばらく黙ったまま、並んで歩いた。
悠人の中で康太の言葉が響く。
彼女を助けるためだ。決して下心はないし、嫌われてもいい。そんな言い訳を反芻する。
悠人はぐっと拳を握りしめて、端を発した。
「何かあった?」
「え?」
「で、デートの日から元気がないから」
デートという言葉はできるだけ使いたくなかった。浮かれていると思われるからだ。しかし彼女が元氣になるなら、それでいいと思った。
「あぁ、そのことね」
彼女は悲しそうに苦笑する。
「デート、台無しにしちゃったから。こんな簡単なこともできないのかって思って。悠人くんも迷惑だったでしょ」
「そんなことない!」
悠人自身でも驚くくらいに大きな声だった。それだけ否定して打ち消したかった。
「僕も楽しかった。迷惑だなんて思ってない」
心が噴火するような感覚だった。伝えたくて収まらない。怒りに近い感覚だった。たぶん自分に苛立っていた。
彼女の勘違いさせて、落ち込ませていた自分が嫌だった。
それからゆっくり彼女の顔を見て、告げる。
「あそこは夜空が綺麗なんでしょ」
「う、うん」
彼女が戸惑いながら頷く。
「今日は夜に行こう。デートのやり直し」




