第3章 ④
5月が終わり、ものぐさな悠人もようやくカレンダーをめくった頃、康太から神社に来るように言われた。
おそらく史料についてだ。悠人は早速、バイト帰りに神社を訪れた。
神社に着くと境内には鉄パイプやテントといった資材が所狭しと並べられていた。さらに本堂の前にはすでに見事な櫓が建てられている。
そういえば明後日の土曜日には祭りだったことを思い出す。どういうわけか伊舟の祭りはずいぶんと時期が早い。
一緒について来たシンは興奮しているのか、軽い足取りで飛び跳ねながら境内を見て回っている。祭りを楽しみにしている子どもようだ。
「テンション高いね」
「当たり前じゃろ。信仰は神にとっての力。つまり一番力が増す時じゃ」
悠人がそう言うと、シンは牙を剥き出しにして笑う。シンが牙を見せる時は怒っている時ばかりだったから、なんだか新鮮だった。
神様にとっての祭りは、自分が主役の一大イベントのようなものだし、興奮するのも当然か。
はしゃいで遠くまで行ってしまったシンのことはひとまず置いといて、悠人は康太のもとへと向かう。
いつも通り本殿の横道を進むと、康太が待っていた。
「よう!」
「おう。時間かかってたみたいだけど、大変だったか?」
「いや、大丈夫だ。わざわざ来てもらって悪いな」
「学校に持ってきてもらえば良かったのに」
「そういうわけにはいかなくてさ。まぁ見てもらえば分かるよ」
康太は意味深にそう言うと、悠人を部屋の中へと誘導する。
悠人が部屋の中を覗くと、そこは腰ほどまであるの大きな史料の山が2つもあった。どれも触れたら破れてしまいそうなほどボロボロだ。内容は知らないが、見た目だけなら博物館に飾ってありそうな様相だ。
確かにこれを学校に持ってくるわけにはいかない。途中で絶対に損傷するだろう。
「そんでこっちの山が怨霊に関することが書かれてるっぽい……」
康太が右側の山を指さして、言い淀む。
「っぽい? 見ていいのか?」
「あぁ」
悠人は眉をひそめながら、一番上の史料に手を伸ばす。
ページをめくると文字が書かれている。多分。康太が言い淀んだ意味がわかった。
書かれているのは文字だと思う。しかし何が書いてあるかはほとんどわからない。墨で書かれている滑らかで流動的な筆跡はまるでアラビア語のようだ。とても日本語には見えなかった。
「おい、これって古典みたいなことか?」
「多分な。一通り見たけどほとんど意味が分からなかった」
康太は諦めたかのように半笑いになる。古典なんてまだ習っていない。例え習っていたとしても、ここまで達筆だと解析できそうにない。
「でも、これに頼るしかない」
悠人は一文字ずつ丁寧に読み進めていく。平仮名は無理。読み解くとしたら漢字だった。
「えーと、最初のページは怨霊の生まれ方についてだと思う。現世への執着があるか、神が介入するかの2つだそうだ」
彼女の母親は前者だろう。後者はよくわからないけれど。
「読めるのか?」
「雰囲気だけどな」
しかしこれだけの量をこのペースで読んでたら、何日もかかる。どうしたものか。
悠人は持っている史料をパラパラとめくりながら、思案する。
すると史料に挟まっていた手のひらサイズの小さな短冊のようなものが足元に落ちる。
拾い上げてみると、そこには文字がびっしりと書かれていた。これは文章を読み解かなくても、知識があった。
「お札か!?」
先に康太が叫ぶ。
康太の言う通り、漫画なんかで見るお札そのものだ。
「どうしてこんなものがあるんだ?」
持っているのが怖くなってきた。
「これを怨霊に使えばいいんじゃね?」
康太は興奮したように、悠人の肩をバンバンと叩く。
確かにそうかもしれないけど。悠人はお札が挟まっていたページを開く。
「『除霊』とは書いてあるけど、他に細かく色々書いてあるな」
おそらく制約とか副作用が書かれているのだろう。安易に使ったらとんでもないことになりそうだ。
そもそもどうやって使えばいいんだ?
母親の怨霊はシンでも見えないみたいだし。
史料を読み解きながら唸っていると、いつの間にか夜の帳がおりてきた。
そろそろ帰らないと不味い。また母親よりも遅く帰ったら、面倒なことになりそうだ。
「ずっとここで分析するわけにはいかないし、必要そうなところをコピーして持って帰っていいぜ」
「いいのか? そんなことして」
「まぁ親は今、祭りの設営で忙しいからな。バレないだろ」
「おい! 無許可はダメだろ!?」
悠人が驚愕するが、康太は笑って「大丈夫だって。緊急事態なんだから」と押し切った。そこまで言われたら悠人も押し黙るしかない。
「というか、こっちの山のは何?」
「あぁ、これはウチの神社についてだな。シンのことも書かれてるっぽい」
「シンのことが?」
「まぁ今回の件には関係ないと思うけど」
「ふぅん。これもコピーしていっていいか?」
「いいけど。なんか気になることでもあるのか?」
「あぁ、ちょっとな」
悠人はそう言いながら、史料の精査を急いだ。




