止まった時間、進まない場所:2
ゲールが先を急ごうと足を進めた時、正面に人影を発見した。
青白いシルエットは小さいが、間違いなく人の姿をしている。
(一人……いや、後ろに獣の死霊を連れているな)
さっき話したレンフレッドはどこか達観した、落ち着いた死霊だった。
けれど今前からきている死霊が彼と同じとは限らない。
ゲールはぐったり寝込んだアレクトを高く持ち上げ、死霊とすれ違うことにした。
(何も起こらないよう……)
だが、ゲールの希望もむなしくその死霊は彼のほうへ向かってきていた。
近づくと、その死霊がどうやら小さな女の子であることがわかった。
「悼ましいな……」
ゲールは思わず呟いていた。
長い黒髪の少女の死霊──アレクトよりも若く見える死霊はまんまるとした蒼い眼をゲールに向け、まっすぐこちらにやってくる。
「人形さん」
死霊の少女がゲールに話しかけてきた。抑揚のない、ぼんやりとした声。
関わるべきか、関わらざるべきか、ゲールは迷う。
(……時間が惜しい、アレクトを早く家に帰さないと)
ゲールは死霊を無視し、家路へと急ぐことにした。
「人形さん……待って、その暖かいの……ちょうだい」
抑揚のない声で話しながら、死霊はゲールのほうへと手を伸ばしてくる。目的はアレクト、彼女の体に触れることだけが死霊の目的のようだった。
それでも無視して進もうとするゲールに死霊はしがみついてきた。
「ダメだ、離れてくれ」
ゲールは死霊の小さな手を振り払う。
「どうして……?」
「君に触られると、この子が死んでしまう」
小さな死霊に対し、諭すようにゲールが言う。
生者は死霊の冷たさに耐えられない。死霊に触れられれば生者の身体はたちまち冷え切り、身体を死霊に奪われる。けれど死霊が生き返ることはない。
死霊の入った人間の身体は、そのどちらでもない怪物に変わる。
死霊が生き返ることは決してないのだ。
「……悪いが、諦めてくれ」
そう言い残し、ゲールは立ち去ろうと背を向ける。
「ひとりじめ……する気なんだ」
怒りのこもった言葉に危機感を覚え、ゲールは後ろを振り向いた。