85 第18章:世界一平和なコタツの主たち
第18章 第2節
北方の山あいにひっそりと佇む、かつての廃村――いまや全宇宙の怠惰と極楽の頂点を極めるリゾート特区『温泉こたつ庵』。
そこに押し寄せた総勢1万名の連合軍は、前魔王ルシアの放った究極の受動的オーラ『全戦意蒸発』と、村の総力を挙げて構築された「大衆の欲望を具現化した究極の屋台街」、そして極上のアルカリ温泉のコンボの前に完全に骨抜きにされていた。
さらに、ガルド王国に対するレオンの「最強の温泉&ラーメン兵糧攻め(出入り禁止の刑)」による秒速の完全降伏を経て、世界はついに『全宇宙・永世中立および温泉共栄に関する不可侵平和条約(通称:極楽温泉平和条約)』を正式に締結。人類と魔族は二度と戦争ができない(正確には、あまりにも快適すぎて戦う気が一切起きない)完璧な平和の時代へと突入していた。
世界中が「温泉こたつ庵」の放つ極楽の魔力に完全平定されたいま、この北方の小さな廃村は、世界の歴史において空前絶後の大変貌を遂げようとしていた。
それは、「世界中のあらゆる要人、王侯貴族、凄腕の冒険者、さらには日々の労働に疲れ果てたすべての民衆が、『癒やし』と『究極のグルメ』を求めて引きも切らずに押し寄せる、世界最高峰の観光リゾート地」への華麗なる大発展であった。
ある日の朝。
村の入り口に設置された、かつての巨大なヒノキの歓迎ゲート。その周辺は、かつて殺伐とした戦場だった荒野が嘘のように整備され、いまや美しく石畳が敷き詰められた「国際リゾート・ウェルカム・ストリート」へと生まれ変わっていた。
遠く南方の王都からやってきた豪華客船(空飛ぶ魔導飛行船)や、魔界の深部から直通で開通した「温泉特急マグマ・エクスプレス(※ただし車内は完全冷房完備の快適仕様)」から、連日のように数千人単位の観光客たちが、ウキウキとした足取りで次々と降り立ってくる。
「わあぁ……! 見てよ、あのもうもうと立ち上る白い湯気を!」
「噂に聞いていた、あの『天下泰平の湯』が目の前にあるぞ……!」
「まずはブラッド特製の濃厚背脂豚骨ラーメンの列に並ばないと、お昼のピークタイムを逃しちゃうわよ!」
観光客たちの手には、高価な魔導書や武器の代わりに、可愛い「温泉こたつ庵・特製ロゴ入りタオル」や、いつでもどこでもコロコロと転がして遊べる「みかん箱」が握られている。
村の中央広場は、もはや一つの巨大な「多国籍リゾート・タウン」の様相を呈していた。
広場の中心には、かつての新魔王軍の軍議テントの跡地を利用して建設された、世界最大級の総合インフォメーションセンター兼「大江戸風お土産処・まねき猫亭」がそびえ立ち、そこでは元聖女マリアが笑顔で世界中から届いた特産品の仕分けを行っている。
「いらっしゃいませー! 本日のおすすめは、魔界産地直送の『極甘・暗黒蜜柑』と、王都特製の『サウナ上がり専用特性ドリンク・メガジョッキ』ですよー!」
マリアの元気な声に、観光客の貴族や魔族の高官たちが「おお、それを一箱くれ!」と嬉しそうに財布(金貨の入った袋)を差し出す。
その広場のすぐ脇では、かつて世界を震撼させた大賢者が、世界中から集まった若き魔導師やエリート官僚たちを相手に、青空の下で堂々と「麻雀戦術論および牌効率の基礎」に関する特別講義を開いていた。
「いいか、若者たちよ! 国を治めることも、魔界を統率することも、結局は『ドラを正確に読み、テンパイを逃さない冷徹な判断力』にすべて集約されるのじゃ! さあ、今日の講義が終わったら、全員で渓流エリアのサウナに直行し、水風呂の温度について論文を提出しなさい!」
学生たちが「はっ、先生!」と真剣な顔でメモを取り、ノートをパタパタと閉じてサウナへと走っていく。
村のあちこちから聞こえてくるのは、かつての戦争の怒号や悲鳴など微塵もなく、「最高のとことんだぁ!」「この醤油ラーメン、スープ一滴残すのがもったいない!」「あー、極楽極楽……」という、全宇宙で一番平和で幸せな歓声ばかりだった。
そんな観光リゾートとして世界中の羨望を集める村の、一番眺めの良い高台。
そこには、レオンとルシアのために特別に建築された、和風モダンな「特設プライベート・テラス付きコタツ御殿」が鎮座していた。
そのテラス席で、レオンはすっぽりと足元を特製の極厚こたつ布団に包み込み、ほうじ茶の湯呑みを優しく傾けていた。
その隣では、前魔王ルシアが、キンキンに冷えた生ビールのジョッキをゴクッと飲み干し、テラスから見下ろす賑やかな村の景色を満足げに眺めている。
「いやぁ……すごいねぇ、ルシア」
レオンは、眼下に広がる世界各国からの観光客の大行列を眺めながら、のんびりと呟いた。
「昔はこの村なんて、誰も寄り付かないような寂れた廃村だったのにさ。今じゃ世界中から人が押し寄せて、毎日がお祭りの大騒ぎだよ」
「でしょ?」
ルシアはニヤリと誇らしげに笑い、テーブルの上に置かれた剥きたてのみかんを一個パクッと口に放り込んだ。
「私たちが何もしなくても、この村の『美味しいご飯』と『極上の温泉』、そして『完璧なコタツ』さえあれば、人間も魔族も勝手に集まってきて勝手に幸せになっていくんだから。これぞまさに、究極の環境創出の勝利よ!」
「そうだねぇ。みんな、毎日忙しく働きすぎたり、戦ったりすることに疲れてたんだよ。ただ美味しいものを食べて、温かいお湯に浸かって、ダラダラする場所が欲しかっただけなんだからさ」
レオンが穏やかにそう頷いたとき、テラスの階段をドタバタと慌ただしい、しかしどこか嬉しそうな足音が駆け上がってきた。
「レオン様っ! ルシア様っ!」
息を切らせてやってきたのは、村の総料理長であるブラッドだった。
ブラッドは手元に分厚い予約台帳の束を抱え、興奮した面持ちでこう報告した。
「すごい反響です! 先ほど、東方の巨大帝国の皇帝陛下から『我が国の一族全員をこちらの温泉リゾートに永住移住させたい。ついては全財産を寄付するので、特設こたつ付きのスイートルームを300部屋用意してほしい』という正式な打診が舞い込みました! さらに、西方の商業ギルドからも、毎日1万杯の背脂豚骨ラーメンのケータリング契約の申し込みが……!」
「えっ、一族全員で移住?」
ルシアは目を丸くし、それからケラケラと笑い出した。
「もう国の維持すら投げ出して全員でリゾート移住する気満々じゃない! いいわよ、部屋の空きならガロアたちに頼んで今すぐ山の斜面をくり抜いて巨大地下温泉ホテルを増築させなさい!」
「かしこまりました!」と、ブラッドは華麗に一礼すると、再びテラスを駆け下りて厨房へと戻っていった。
そのブラッドの背中を見送りながら、レオンはふうっと大きく息をつき、コタツの布団の中にさらに深く体を埋め込んだ。
「世界中がみんなリゾート化しちゃってさ、これからこの村はどうなっちゃうんだろうねぇ」
「決まってるでしょ!」
ルシアは生ビールのジョッキをカチンとレオンの湯呑みに軽く当て、満面の笑みを浮かべた。
「世界の隅々まで、すべての人間と魔族が毎日ダラダラと最高に幸せに暮らせる、永遠の『完全自堕落・楽園化計画』の完成よ!」
遠くの渓流エリアからは、ガロアの元気な「ロウリュウいきまーーす!」という掛け声と、それを待ち構える世界中の観光客(および元・兵士たちの親衛隊)の歓声が、心地よい秋の風に乗ってふんわりと響いてきた。
村の空はどこまでも高く青く澄み渡り、美味しいグルメの香ばしい匂いと、優しい湯気がいつまでもいつまでも空へと昇っていく。




