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84 第18章:世界一平和なコタツの主たち

第18章 第1節


北方の山あいにひっそりと佇む、かつての廃村――いまや全宇宙の怠惰と極楽の頂点を極めるリゾート特区『温泉こたつ庵』。

そこに押し寄せた総勢1万名の連合軍は、前魔王ルシアが放った究極の受動的オーラ『全戦意蒸発』と、村の総力を挙げて構築された「大衆の欲望を具現化した究極の屋台街」、そして極上のアルカリ温泉のコンボの前に完全に骨抜きにされていた。


さらに、王国の最高主教が傲慢にも乗り込んできたものの、ルシアの狂気的なまでの「リゾート愛」と殺気に満ちた脅し、そしてブラッド特製の「鴨南蛮うどん」の魔力の前に秒速で屈服し、ただの常連客へと成り下がった。

極めつきには、軍事力だけに頼る強硬派の隣国『ガルド王国』の最後通牒に対し、レオンが放った「この村に手を出そうとする国には、二度と温泉も美味しいご飯も分けてあげません」という最強にして最凶の脅迫(リゾート兵糧攻め)により、ガルド王国はわずか3分で完全降伏を果たしたのである。


かつて「世界を救うための討伐軍」「洗脳基地を粉砕する不敵な魔導軍団」として北方の荒野を埋め尽くしていた1万名の兵士たちは、いまや全員が統一の「サウナハット」を被り、腰にはお揃いの「温泉こたつ庵・特製ロゴ入り白タオル」をぶら下げた、世界最強にして最熱狂的な『温泉こたつ庵・公式ファンクラブ(兼・親衛隊)』へと美しく生まれ変わっていた。


人間と魔族の戦争などという概念は世界の歴史の遠い過去の物語となり、いまや世界中の関心のすべては「今日の夕食のすき焼きの割り下は少し甘めがいいか、キリッとした醤油辛さがいいか」といった、世界平和の真髄に関わる超重要事項だけになっていた。


しかし、ここで一つの深刻な、しかし極めてシュールな問題が浮上することになる。

それは、「このままでは、世界上から『戦争』という概念そのものが物理的・精神的に不可能になってしまう」という、為政者たちにとっての思わぬ大誤算だった。


その日の午後。

村の中央広場に特設された巨大な屋外テラス席。そこには、世界各国の首脳陣や王国の宰相、さらには魔界の古参高官たちが、なぜか全員スーツではなく「温泉こたつ庵・特製館内着(浴衣)」を着用し、足元にはしっかりとポカポカの温もりを湛えたこたつを陣取って、青空会議(サミット)を開いていた。


会議の議長を務めるのは、すっかりサウナハットがトレードマークとなった元・剣聖レイガーである。彼は真剣な面持ちで、手元の分厚い羊皮紙の資料をペラペラとめくりながら、集まった各国の要人たちに向けて大きくうなずいた。


「皆の者、静かに。ただいまより、第1回『全世界・常時温泉リゾート化および永世中立に関する首脳会談』を開始する!」


レイガーのその掛け声に、王国の宰相が手を挙げて発言した。

「議長! 審議に入る前に、我が国から一つ深刻な懸念を申し上げたい。先ほど、我が国の情報局から入った極秘レポートなのだが……我が王国の第2騎士団が、隣国の魔族部隊と演習を行ったところ、戦闘開始からわずか3分で両軍が揃って『ちょっとサウナ行ってととのってくるわ』と言い出し、そのまま夕方まで渓流露天風呂で特性ドリンクを飲み交わして帰ってこなかったというのだ!」


「な、なんだって……!?」と、別の国の代表者が絶句した。

「我が国でも同じだ! 先日の国境警備の際、侵入してきた魔族の斥候部隊を捕らえようとしたところ、うちの兵士が『まあまあ、そう固いこと言うなよ、これめちゃくちゃ美味い塩焼き鳥だから一緒に食おうぜ』と差し出したのをきっかけに、両軍が和気あいあいと焼き鳥パーティーを始めてしまい、緊迫の防衛ラインが完全崩壊したのだ!」


会議の席のあちこちから、「我が軍もだ!」「もはや敵味方の区別がつかん!」「剣を交えようにも、手が滑ってビールジョッキを掴んでしまう!」という悲鳴に近い報告が次々と飛び交った。


そう、これがレオンのパッシブスキル『最高環境創出』と、ルシアの『全戦意蒸発』、そして村の「圧倒的なおもてなし攻撃」がもたらした、人類と魔族にとっての最大の誤算(究極の副作用)であった。


人間と魔族は、もはや「殺し合う」ことが物理的に不可能になっていたのだ。

なぜなら、いざ武器を構えて対峙したとしても、その瞬間に脳裏をよぎるのは「あぁ、でもあの村の背脂豚骨ラーメンの味には勝てないよな」「これから一緒にサウナで汗を流す仲になるのに、わざわざ切り結ぶ意味ってあるのか?」という強烈な虚無感と、圧倒的な食欲・リゾート欲求だからである。


「つまりだ……」

魔界の古参高官が、冷や汗を拭いながら重い口を開いた。

「我々は、もはや二度と戦争を行うことができない。軍隊を維持しようにも、兵士たちは毎日のように『今日のロウリュウの熱さは最高だった』『サウナ上がりのフルーツ牛乳は至高』と語るばかりで、誰も訓練に身が入らんののだ。このままでは、世界の軍事バランスが完全に崩壊してしまう!」


その言葉を聞いた瞬間、特設テラスの隅の席で、ほうじ茶の湯呑みを傾けながらまったりと聞いていたレオンが、ふっと小さく苦笑した。


「えーと、それの何が問題なの?」


レオンがのんびりとした口調でそう呟くと、会議の席にいた王国の宰相や魔界の高官たちが、一斉にビクッと肩を震わせ、慌てて頭を下げた。


「は、はいっ! レオン様! 問題ではないのです! 問題ではないのですが、その……私たち為政者としては、何かこう、国家間の取り決めとか、正式な外交文書とか、そういう『形』がないと、どうにも落ち着かないといいますか……!」


「そうよ!」と、ルシアがキンキンに冷えた生ビールのジョッキをコツンとテーブルに置き、呆れたような顔で言った。

「あなたたち、昔みたいに血眼になって領土を奪い合ったり、陰謀を企てたりしたいわけ? そんな面倒くさいこと、もう世界上の誰も望んでないでしょ。みんな、毎日美味しいご飯食べて、温泉に入って、こたつでダラダラしていたいのよ」


「それはもちろん、私たちも住民たちも同じでございます!」

宰相は必死の形相で弁明した。

「しかしですね、ルシア様! もし万が一、このまま『口頭の約束』だけで戦争をやめたりなんかしたら、将来的に歴史の教科書にどう書かれるかわかりません! 『ある日突然、謎の村のラーメンと温泉によって人類と魔族が骨抜きにされ、気づいたら世界中がサウナだらけになっていた』などと記述されたら、後世の学者たちが頭を抱えて発狂してしまいます! ですから、私たちとしては、どうしても――どうしても、世界に向けて『人類と魔族の完全無欠なる平和条約』を正式に締結し、文書として後世に残したいのです……っ!」


なるほど、とレオンは心の中で納得した。

為政者という生き物は、どれほど平和になり、どれほど現実が幸せに満ち溢れていたとしても、自分たちの存在意義(あるいは仕事の成果)を示すために、どうしても「立派な署名入りの条約書」という名の箔(はく)が欲しくなるらしい。


レオンはポリポリと頭をかき、隣にいたルシアと視線を合わせた。

ルシアは「やれやれ、人間って本当にめんどくさい生き物ねぇ」といったふうに小さく肩をすくめ、それからイタズラっぽくニヤリと笑った。


「いいわよ。そんなに形に残るものが欲しいなら、盛大な条約締結式でも何でもやってあげるわ。ただし、条件があるわよ」


「じ、条件でございますか……っ!?」要人たちが息を呑む。


「当たり前でしょ!」とルシアは胸を張った。

「その平和条約の内容は、世界をどう分割するかとか、軍縮の割合がどうとか、そういう血なまぐさい話は一切禁止! 条約の全条文は、『人類と魔族は、今後永遠に互いの温泉リゾートの経営を妨げず、最高のラーメンとサウナの情報を共有し、年に一回は全員で巨大こたつに入ってみかんを分け合うことを誓う』――これだけにすること。それができないなら、今すぐ全員この村から出入り禁止にして、二度と特性ドリンクを飲ませないからね!」


そのルシアの条件を聞いた瞬間、王国の宰相も、魔界の高官たちも、一瞬たりとも迷うことなく、満面の笑みで力強くうなずいた。


「「――完璧でございます……!! これ以上の素晴らしい平和条約の条文を、我が人生で聞いたことがありません……!!」」


こうして、世界の歴史上かつてない、世界中のすべての国家と魔族勢力を巻き込んだ『全宇宙・永世中立および温泉共栄に関する不可侵平和条約(通称:極楽温泉平和条約)』が、正式に締結されることがその場で全会一致で可決されたのだった。


条約の調印式は、翌日の昼下がり、村の中央広場に設置された「世界最大級の特設こたつ席」で行われることになった。

王国の国王、魔界の最高幹部たち、そして世界中の国々の代表者たちが、全員特製の館内着(浴衣)を着用し、足元をポカポカの温もりに包まれながら、特製の「極上醤油ラーメンの出汁を練り込んだ特殊なインク」で、一本の大きな羊皮紙の条約書に次々とサインしていく。


その調印式の様子を、世界中の人たちが村中の特設スピーカーと魔導モニターを通じて固唾をのんで(しかし、おやつにミカンを剥きながらまったりと)見守っていた。


最後に、レオンとルシアの二人が、並んでその羊皮紙の一番下に署名を入れる。

レオンが「レオン(※ただし、字が面倒だったので『レ』とだけ適当に書いた)」とサインし、ルシアが優雅な筆跡で「ルシア(※ただし、その横に可愛い猫の落書きを添えた)」と書き終えた瞬間――。


村中から、そして世界中のあちこちから、割れんばかりの大歓声と、乾杯のジョッキを打ち鳴らす盛大な音が巻き起こった。


「「「うおおおおおーーっ!! 平和万歳! 温泉万歳!! ラーメン万歳ーーっ!!」」」


戦火の絶えなかった世界は、武力による制圧でも、冷酷な政治交渉でもなく、ただ「圧倒的な美味しいご飯と温かいお風呂、そしてこたつ」という名の最強の環境の前に、完全にして永遠の平和条約を結ばされたのである。


調印式の後、広場には世界中から集まった食材を使った「記念大すき焼き大会」が盛大に開催され、人間も魔族も、王様も兵士も、全員が同じこたつに入り、お互いのグラスにビールや特性ドリンクを注ぎ合いながら、朝まで笑い声を響かせた。


その賑やかな光景を、少し離れたテラスのインフィニティチェアから眺めながら、レオンはほうじ茶をずずっと啜り、ふうっと深く息をついた。


「いやぁ、まさか僕たちのダラダラした日常が、世界中の平和条約のきっかけになっちゃうんだから、世の中何が起こるか分からないよねぇ」


「ほんとねぇ」

ルシアは隣で剥きたてのみかんをパクッと口に放り込み、満足げに微笑んだ。

「でも、これで本当に世界中どこに行っても、安心して美味しいラーメンが食べられて、最高のサウナに入れる環境が整ったわけよ。これって、最高に素晴らしいことじゃない!」


大賢者は自動麻雀卓の牌をシャカシャカとかき混ぜ、マリアは世界中に配るためのミカンの山をせっせと仕分けし、遠くの露天風呂からは「極楽だぁぁーーっ!」という幸せな湯気があがっている。


戦争は不可能になり、人類と魔族は強制的に、そしてこの上なく幸せな「平和条約」のなかにすっぽりと包み込まれた。

世界は救われなかったかもしれない――いや、救う必要など最初からなかったのだ。

ただ、自分が心から心地よいと思える環境を作り、大切な仲間たちと美味しいご飯を食べ、温かいお湯に浸かり、こたつに入ってくだらないおしゃべりをする。それだけで、この世界は十分すぎるほど美しく、完璧な楽園なのだから。


『温泉こたつ庵』の物語は、今日も今日とて、最高の湯気と最高の笑顔に包まれながら、どこまでも穏やかに、そして賑やかに続いていくのだった。

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