83 第17章:『完全中立・自堕落独立特区』宣言
第17章 第5節
北方の山あいにひっそりと佇む、かつての廃村――いまや全宇宙の怠惰と極楽の頂点を極めるリゾート特区『温泉こたつ庵』。
そこに突如として押し寄せた、人類と魔族の合同討伐軍「総勢1万名」は、前魔王ルシアが放った究極の受動的オーラ『全戦意蒸発』と、村の総力を挙げて構築された「大衆の欲望を具現化した究極の屋台街」、そして極上のアルカリ温泉のコンボの前に、見事なまでに全員が骨抜きにされていた。
さらに、王国の最高主教が傲慢にも乗り込んできたものの、ルシアの狂気的なまでの「リゾート愛」と殺気に満ちた脅し、そしてブラッド特製の「鴨南蛮うどん」の魔力の前に秒速で屈服し、ただの常連客へと成り下がった。
極めつきには、軍事力だけに頼る強硬派の隣国『ガルド王国』の最後通牒に対し、レオンが放った「この村に手を出そうとする国には、二度と温泉も美味しいご飯も分けてあげません」という最強にして最凶の脅迫(リゾート兵糧攻め)により、ガルド王国はわずか3分で完全降伏を果たすことになった。
もはや、この世界においてレオンたちの作り上げた「極楽リゾート特区」に盾突く者など、世界上のどこを探しても一人の存在しない。
世界中の為政者も、民衆も、かつての敵国の兵士たちも、すべては『温泉こたつ庵』がもたらす最高のラーメン、最高の温泉、最高のこたつの虜となり、その恩恵を少しでも受けるために忠実なファン(あるいは常連客)へと変貌を遂げていたのである。
そして――。
かつて「世界を救うための討伐軍」「洗脳基地を粉砕する不敵な魔導軍団」として北方の荒野を埋め尽くしていた総勢1万名の兵士たちは、いまや完全にそのアイデンティティを書き換えていた。
彼らはもう「軍隊」ではない。
彼らは、この村の平穏を脅かす者が現れようものなら、国籍や種族の垣根を軽々と飛び越えて一斉に牙をむく、世界最強にして最熱狂的な『温泉こたつ庵・公式ファンクラブ(兼・親衛隊)』へと生まれ変わっていたのだ。
夕暮れ時の村の広場。
かつては重い鎧をまとい、剣や槍をギラつかせて殺気立っていた1万名の元・兵士たちは、いまや全員が統一の「サウナハット」を被り、腰にはお揃いの「温泉こたつ庵・特製ロゴ入り白タオル」をぶら下げ、両手にはキンキンに冷えた特性ドリンクのジョッキや剥きたてのミカンを掲げていた。
「おい、聞いてくれよ! 王都の聖堂から派遣されてきた新しいサウナ管理スタッフの奴らが、水風呂の温度管理を少しミスったらしいぞ!」
王国の重装騎士だった男が、大真面目な顔で新魔王軍の精鋭魔族兵に声を荒らげる。
「なんだと!? それは一大事だ! 水風呂が冷えていなければ、『ととのい』の質がガタ落ちしてしまうではないか! 今すぐ全員で王都へ駆けつけ、水風呂の温度を完璧な16度死守令に再教育してこなければならん!」
「まったくだ!」と、魔族の兵士も力強く頷いた。
「我が新魔王軍の誇りにかけて、レオン様とルシア様が創り出した最高環境に泥を塗る不届き者は、たとえ味方の国のものであろう容赦なく『ロウリュウ地獄の刑』に処してやるぜ!」
彼らにとって、もはや「人間と魔族の戦争」などという概念は、世界の歴史の教科書の遠い昔話のようになっていた。
いまや彼らの関心のすべては、「今日の夕食のすき焼きの割り下は少し甘めがいいか、キリッとした醤油辛さがいいか」「渓流エリアの露天風呂の白樺アロマの配合比率は完璧か」といった、世界平和の真髄に関わる超重要事項だけだった。
その様子を、村の中央の特設こたつ席から眺めていたレオンは、ほうじ茶の湯呑みを傾けながら、フッと小さく笑った。
「いやぁ……すごい熱気だねぇ。みんな、すっかり村の熱狂的なファンになっちゃってさ。なんだか、こうなるともう僕たちの仕事ってほとんど残ってない気がするよ」
「当たり前じゃない!」
ルシアは満足げに腕を組み、キンキンに冷えた生ビールのジョッキをカチンとレオンの湯呑みに軽く当てた。
私たちが世界を救うために剣を振るう必要なんて、最初からなかったのよ! 美味しいご飯と、温かいお湯と、最高のコタツさえあれば、人間も魔族も、みんな自然と笑顔になって仲良くなれちゃうんだから!」
大賢者は自動麻雀卓の牌をシャカシャカと混ぜながら、愉快そうに白い髭を揺すった。
「ふぉっふぉっふぉ、まったくその通りじゃ! 連合軍の1万人が全員『村の親衛隊』に立候補したおかげで、世界中の治安維持費がゼロになったばかりか、麻雀の愛好家人口が一気に100倍に膨れ上がったわい!」
その横では、元聖女マリアが、親衛隊の最前線で旗を振っている元・剣聖レイガー(サウナハット着用)に向けて、剥きたての完熟みかんをカゴいっぱいに詰めて手渡していた。
「はーい、親衛隊の皆さん、パトロールお疲れ様です! 水分補給のビタミンミカンですよー!」
「おお……! 元聖女様、ありがとうございます……! このミカンの甘酸っぱさが、我がパトロール隊の乾いた喉にしみわたる……!」と、レイガーはガチ泣きしながらみかんで栄養補給を行っている。
かつて世界を揺るがした巨大な連合軍は、一発の銃弾も、一撃の魔法も交えることなく、ただ「圧倒的な快適さと極上のグルメ」という名の不可避の引力の前に、完全にその組織としての輪郭を溶かされ、「世界平和と怠惰の黄金期を守る最強のボランティア・ファンクラブ」として美しく、そして完璧に解体(昇華)されたのだった。
戦争の終結。
それは、誰かが血を流して勝ち取った泥臭い勝利ではなく、誰もが笑顔になり、お腹を満たし、心身ともに「ととのった」果てに自然と訪れた、史上最もぬるくて最高に贅沢な大団円であった。
「さあて、じゃあ戦争も終わったことだしさ」
レオンはのんびりとした口調で伸びをすると、こたつの中に足を深く突っ込み直した。
「今日の夕飯は、世界平和記念ってことで、ブラッド特製の『特選・極上黒毛和牛のすき焼き鍋(卵食べ放題付き)』にしようか」
「やったぁーーっ!! すき焼きだぁーーっ!!」
レオンのその一言を聞いた瞬間、村中に陣取っていた1万名の元・兵士(親衛隊)たちから、世界中の空を揺るがすほどの盛大な歓声と拍手が巻き起こった。
人間と魔族が肩を組み、共に極上のすき焼きの完成を心待ちにしながら、空を見上げて笑顔を咲かせる。
北方の山あいの廃村――いまや全宇宙の誰もが憧れるリゾート特区『温泉こたつ庵』の空には、どこまでも高く青く澄み渡った星空が広がり、その下では、世界で一番温かくて、最高に美味しい、永遠の極楽の夜がいつまでもいつまでも穏やかに続いていくのだった。




