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82 第17章:『完全中立・自堕落独立特区』宣言

第17章 第4節


北方の山あいにひっそりと佇む、かつての廃村――いまや全宇宙の怠惰と極楽の頂点を極めるリゾート特区『温泉こたつ庵』。

そこに、かつてレオンを冷酷に王都から追放した張本人である「王国の最高主教」が傲慢にも乗り込んできたものの、前魔王ルシアの放った「この村のコタツと温泉と美味しいご飯を愛している。邪魔する奴は許さん」という狂気的なまでの愛と殺気に満ちた脅しの前に、秒速で腰を抜かして撃破された。


さらに、その老主教すらもブラッド特製の「鴨南蛮うどん」の圧倒的な美味さと温かなこたつの魔力の前に屈服し、今やすっかりプライドをかなぐり捨てて「美味い……!」と涙を流しながらうどんをすする「ただの常連客の一人」へと華麗に成り下がっていた。


王国の教会勢力による最後のあがきすらも完璧に無力化され、世界に向けた「完全中立・自堕落特区(パーフェクト・レイジー・ゾーン)」の宣言によって、世界規模での平和的怠惰革命を成し遂げたレオンたち。

世界中の王宮や魔界の城は、もはや敵ではなく「温泉こたつ庵のフランチャイズ店(あるいは熱狂的なファンクラブ)」へと変貌を遂げ、誰もがこの村の提供する「究極の極楽」に夢中になっていた。


――だが、しかし。

どれほど世界が平和になり、どれほど為政者たちがリゾート思想に染まりきったとしても、人間の歴史の常として「ほんのわずかばかりの、空気が読めない愚か者」や「過去の利権にしがみつく時代遅れの反乱分子」というものは、どこかに必ず一握りだけ存在してしまうものである。


世界宣言から数日後のこと。

世界中の国々が「温泉こたつ庵様、どうか我が国にも極上の醤油ラーメンの出汁の取り方を教えてください!」「王都のサウナセンター第3号店の落成式にぜひお越しください!」と、連日のように大量の感謝の手紙や献上品(主に高級フルーツや良質な薪、極上の茶葉など)を送り届けてくる中、ある一つの小さな隣国――『ガルド王国』という、世界地図の片隅でひっそりと軍事力だけに頼って生きてきた強硬派の国から、一通の非常に不穏な、そして最高にピントがズレた「最後通牒の書簡」が、村の郵便ポストに投げ入れられた。


その書簡の内容を、こたつに入りながら斜め読みしたガロアが、盛大に「フッ……」と鼻で笑ってそれをテーブルに放り投げた。


「おいおい、レオン様。なんだかまた、世間知らずの可愛い子猫ちゃんが吠えてるぜ」

ガロアが面白そうにその手紙を指さした。


「どれどれ?」と、ルシアが興味津々で手を伸ばし、その手紙をひったくるようにして音読し始めた。


『温泉こたつ庵の首謀者、レオンおよびルシアへ告ぐ。我がガルド王国は、貴国が世界中に広めている「怠惰の風潮」および「全土の温泉リゾート化計画」を、国家の軍事力を骨抜きにする危険な精神汚染政策と断定する! 直ちにその危険なサウナやラーメン屋台をすべて爆破し、王国の管理下に平伏せさよ! さもなくば、我が国の誇る最新鋭の魔導戦車部隊とワイバーン空挺騎士団を総動員し、貴様らの村を焼き尽くしてくれる! 猶予は三日だ。震えて待て!――ガルド王国国王・ゴルドバ3世』


読み終えた瞬間、ルシアは「ぷっ……!」と吹き出し、持っていたキンキンに冷えた生ビールのジョッキをテーブルにガチャリと置いた。


「魔導戦車部隊? ワイバーン空挺騎士団? なにそれ、めちゃくちゃ昭和の悪役みたいなセリフ吐いてるじゃない! しかも、この時代にまだそんな面倒くさい軍事力で世界を脅せると思ってるとか、頭の中が化石でできてるのかしらこのゴルドバ3世って人」


こたつの中にすっぽりと足を突っ込み、ほうじ茶の湯呑みをフーフーと吹いていたレオンも、面倒くさそうに頭をポリポリとかきながら、やれやれといったふうにため息をついた。


「はぁ……。せっかく世界中がみんなでサウナに入って丸くなってるっていうのに、まだそんな血の気の多いことを言ってる国もあるんだねぇ。ワイバーンって、あの焼き鳥にしたら結構ジューシーだけど脂っこいトカゲみたいなやつのことだっけ?」

「そうそう、ちょっと硬くてクセがあるから、うちは仕入れてないやつね」と、ブラッドが冷静に料理長としての意見を挟む。


大賢者は自動麻雀卓の牌をシャカシャカとかき混ぜながら、「ふぉっふぉっふぉ、軍事力などという時代遅れの暴力でこの極楽を脅そうとは、よほど脳みそまで筋肉が詰まっておるのう。さてはあの国、国民全員がサウナに入ったことがない可哀想な人たちなんじゃろう」と愉快そうに笑った。


しかし、ガルド王国のこの「最後通牒」は、世界中の他の国々(すでに温泉とこたつの虜になっている元・敵国たち)の耳にも瞬く間に伝わった。


「なんだと……!? あのガルド王国のゴルドバとかいう愚王が、我が恩師であり全宇宙の救世主であるレオン様とルシア様に歯向かうだと……!?」

王都の聖堂を大改造した「王都第一分校・巨大野外サウナセンター」の総長に就任していた元・剣聖レイガー(現在はすっかりサウナハットがトレードマークのおじさん)は、届いた報告書を見るなり、愛用のタオルを握りしめて激怒した。


「許さん……! あの馬鹿どもは、人生で一度も『本当のととのい』を経験したことがないからそんな的外れな嫉妬を……! 全軍、いや、我がサウナ警備隊の精鋭たちよ、今すぐガルド王国へ向かい、あそこの城のボイラー室をすべて我が村の源泉掛け流し温泉に強制リフォームしてこい!」


さらに、魔界の暗黒城を大改装した「魔界最大級の和風旅館」の支配人となっていた新魔王軍リーダー・バザルトも、巨大な魔導大剣を片手に、怒りで顔を真っ赤に染めながら叫んだ。

「我が村の極楽の平穏を脅かす者には、容赦なくブラッド特製の激辛地獄ラーメンのスープをバケツ一杯浴びせてやる! レオン様たちに手を出すなど、全宇宙の美食家に対する大罪だーーっ!!」


世界中の国々が「ガルド王国を討伐し、全員強制的にサウナに入れろ!」と、かつてないほどの怒りの大合唱を巻き起こし始めたのである。

かつては「世界をどうやって支配するか」で争っていた世界各国が、今や「いかにしてレオンたちの作る極楽リゾートを完璧に守り抜くか」という一点において、見事すぎるほどの「世界防衛・温泉連合軍」を結成してしまったのだから、歴史の皮肉とは実に面白いものである。


しかし、そんな世界中の国々が「今すぐ軍隊を派遣してガルド王国を焼き払う!」と息巻いているのを聞きながら、当のレオンは、こたつの上でミカンの皮を綺麗に剥きながら、のんびりと首を横に振った。


「ううん、そんな大げさに軍隊を動かしたりしなくていいよ。戦争なんて面倒くさいこと、もう誰もやりたくないでしょ?」


レオンのその言葉に、周囲のスタッフたちは「じゃあ、どうするんですか?」と首を傾げた。


レオンは、ふっと穏やかな、しかしこの世のすべての生ける者の急所を完全に突いた「最強の悪魔的微笑み」を浮かべ、こう言った。


「あのね、ガルド王国の人たちに、うちの特設スピーカーから、世界に向けて一言だけこうアナウンスしてあげるのさ――『この村および世界リゾート特区に手を出そうとする国には、二度と天下泰平の湯の温泉も、ブラッド特製の背脂豚骨ラーメンも、ルシアの特製ビールも、一切分けてあげません。すべて出入り禁止にします』ってね」


その言葉を聞いた瞬間、周囲にいた全員が「――はっ……!!」と息を呑んだ。


物理的な武力による脅威でも、魔導の破壊魔法による威圧でもない。

それは、人類と魔族のすべてを「極楽の怠惰の虜」にしてしまったこの世界において、最大の、そして世界上で最も恐るべき、絶対的かつ究極の「兵器なき脅迫(経済・リゾート封鎖措置)」にほかならなかった。


「なっ……! なんという恐ろしい、そして残虐非道な制裁措置……!」

大賢者が目を見開き、ガタガタと震えながら感動したように声を上げた。

「武器を取り上げるのではない! 人生最大の愉悦である『温泉とラーメン』の権利そのものを剥奪するというのだ! あんなものを一度味わった者が、それを二度と口にできない世界へ放り出されたら、それこそ精神的に死んだも同然ではないか……っ!」


「す、凄まじい……!」と、ガロアも冷や汗を流しながら両手を叩いた。

「戦わずして勝つとはまさにこのことだ! ゴルドバ3世の野郎、あの手紙を読んだ後にこの脅迫を聞いたら、間違いなくその場でショック死するか、あるいは泣きながら土下座しに走ってくるぞ!」


レオンの指示を受けたルシアは、「よーし、じゃあさっそく私の前魔王としての威厳をたっぷり込めて、世界中の回線を通じてあの傲慢な国王に直接言い渡してあげましょうか!」と、ニヤニヤしながら特設のマイクの前に陣取った。


そして、ルシアのクリアで通る声が、魔導通信機を通じてガルド王国の王城の玉座にいるゴルドバ3世の耳元へと、ダイレクトに叩きつけられた。


『――あー、ガルド王国のゴルドバ国王さん? よく聞きなさい。あなたがどんなに古臭い魔導戦車を引っ張り出そうが、ワイバーンを飛ばそうが勝手だけどね、一つだけ忠告しておくわ。この村の平和を少しでも乱したり、私たちの美味しいご飯や温泉の邪魔をしようものなら、あんたの国には今後一切、世界中で大人気の背脂豚骨ラーメンのレシピも、肌がトロトロになるアルカリ温泉の配管も、一切分けません! 王国中を永遠の「水風呂なし・乾パンのみの地獄」にしてあげるから、そのつもりでいなさい! 以上よ!』


そのアナウンスがガルド王国の王城の広間に響き渡った瞬間――。


玉座に座っていたゴルドバ3世は、手持無沙汰に持っていた黄金の杖を「ガチャン!」と床に落とした。

彼の周囲に控えていたガルド王国の宮廷大臣たちや、血気盛んな魔導戦車部隊の隊長たちも、全員が顔面を蒼白にし、お互いの顔を見合わせた。


「い、いま……なんて言った……? 温泉も、豚骨ラーメンも、一切分け与えないだと……?」

「そんな……! 我が国の王都の市民たちは、すでに先週から始まった『温泉こたつ庵・出張ラーメン屋台』の味にどっぷりハマってしまい、毎日のラーメンがなければ生きていけない身体になっているというのに……っ!」

「それに、あの肌がトロトロになる天下泰平の湯に入れない人生なんて、生きている意味がないではないかぁーーっ!!」


ガルド王国の軍人たちは、武器を構えることすら忘れ、一瞬で絶望のどん底へと突き落とされた。

いくら軍事力がどうこうと言ったところで、毎日の背脂豚骨ラーメンと極上のサウナを奪われるという恐怖の前には、どんな戦闘意欲も秒速で蒸発してしまうのだ。


わずか数分後。

ガルド王国の王宮から、一本の緊急魔導通信が『温泉こたつ庵』へと慌てて飛び込んできた。


『ま、待ってくれぇーーっ!! 降伏する! 完全降伏するから許してくれぇーーっ!! ラーメンも! 温泉も! 出入り禁止だけは勘弁してくれぇぇぇーーっ!! 今すぐ全軍を解散し、私自身が極上のミカンを1万個持って今すぐそちらの村へ土下座しに行くからぁぁぁーーっ!!』


世界中が固唾をのんで見守る中、ガルド王国の最後のお馬鹿な反乱劇は、レオンの放った「究極のリゾート兵糧攻め(温泉&ラーメンお預けの刑)」の一言によって、わずか3分で完璧に、そして最高にコミカルに鎮圧されたのだった。


村の特設こたつ席で、その通信の音声を聞き終えたレオンは、ふうっと穏やかに息をつき、ほうじ茶の湯呑みを傾けた。


「ほらね、言ったとおりでしょ。暴力じゃなくて、本当に心地よい環境と美味しいご飯こそが、この世で一番強い力なんだよ」


「まったくその通りねぇ」

ルシアは満足げにキンキンに冷えた生ビールのジョッキをゴクッと飲み干し、ニコニコと微笑んだ。

「これで、世界上の端から端まで、すべての人間も魔族も、私たちの『極楽特区』の常連客になったってわけだわ!」


大賢者が麻雀牌をシャカシャカとかき混ぜ、マリアが剥きたてのみかんを差し出し、遠くの露天風呂からは「極楽だぁぁーーっ!」という人々の幸せな歓声がこだましてくる。


世界から争いは永遠に消え去り、そこにあるのは、温かなお湯と、美味しいグルメと、最高の仲間たちと過ごす、どこまでも続く最高に贅沢な日常だけだった。


レオンはこたつの中に足を深く突っ込み、満足げに目を細めた。

世界を救う必要なんて最初からなかった。

ただ、自分が心から心地よいと思える環境を作り、大切な仲間たちと美味しいご飯を食べ、温かいお湯に浸かり、こたつに入ってくだらないおしゃべりをする――それだけで、世界は十分すぎるほど美しく、完璧な楽園なのだから。


『温泉こたつ庵』の物語は、最高の湯気と最高の笑顔に包まれながら、今日も今日とて、どこまでも穏やかに、そして賑やかに続いていくのだった。

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