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08 第2章:働いたら負け? 自堕落デュオの誕生

第2章 第3節


レオンのパッシブスキル『最高環境創出』によって村の井戸水が神級の極上名水に変貌を遂げた頃、もう一人の追放者である元魔王ルシアもまた、自らの内なる規格外の体質――いや、固有のパッシブスキルを盛大に覚醒させつつあった。


魔王という頂点に君臨していた頃のルシアは、圧倒的な魔力と冷酷な威圧感で全魔族を統率していた……というのは、実は側近たちが勝手に作り上げた表向きの設定にすぎなかった。本質的な彼女の望みは、「めんどくさいことは一切したくない」「一日中、誰にも邪魔されずにゴロゴロして美味しいものを食べて暮らしたい」という、全宇宙の怠惰の結晶のような精神性だったのだ。


そんな彼女が、レオンという最高の理解者を得て、荒れ果てた農村の縁側で「労働も戦闘も一切しない」という完全無欠の自堕落生活を送り始めた結果、彼女の体内で眠っていた魔王としての本質が、全く別の方向へとねじ曲がって開花してしまった。


それが、固有パッシブスキル『全戦意蒸発』である。


本人はただ単に「あー、だるい」「動きたくない」「世界征服なんてクソ食らえ」とダラダラしているだけなのだが、その圧倒的な「戦うことへの拒絶」と「怠惰のオーラ」が、彼女の身体から目に見えない淡い紫色の波動となって、周囲へ絶え間なく放射され始めたのだ。


その効果は凄まじかった。このスキルが発動しているエリア内では、生きとし生けるものの「殺気」「敵意」「緊張感」「闘争心」といった攻撃的な感情が、文字通り水に溶けるように霧散してしまうのである。


ある日のことだった。

レオン特製の極上名水をたっぷり飲み干し、お腹が膨れたルシアは、「はぁ〜、極楽極楽……」と呟きながら、縁側の床に大の字になってゴロゴロと転がり始めた。


「ねえレオン、右にゴロン、左にゴロン……うん、この縁側の板の間、硬さと言い日当たりと言い、マジで最高なんだけど」

「おいおい、そんなところで転がってると、服が埃まみれになるぞ」

レオンが呆れたように笑いながら、近くのベンチでお茶をすすっている。


「いいの! 私はいま、世界の重力と一体化しているの!」

ルシアはケラケラと笑いながら、さらにグリグリと床の上で体を転がした。


まさにその瞬間だった。

ルシアの体から、目に見えない『全戦意蒸発』の波動が、波紋のように一気に村全体、そしてその周辺の森へと広がっていった。


ちょうどその頃、村の周りの森林地帯を、一羽の凶暴な魔獣――「ブラッド・ウルフ」がうろついていた。全身が漆黒の毛並みに覆われ、鋭い牙と血走った赤い目を光らせた、旅人の恐怖の対象である。その魔獣は、人間の気配を察知して、まさに今、牙をむき出しにしながら村へ向けて突進してくるところだった。


「グルルルル……ッ!」

牙を剥き、殺気を漲らせたブラッド・ウルフが、村の入り口の茂みから飛び出した。


「おっ、危ないぞ」

レオンがチラリと視線を向けたが、立ち上がろうとはしない。どうせ大したことないだろうと、お茶の続きを楽しもうとした。


だが、その猛獣がルシアの放つ『全戦意蒸発』の領域に足を踏み入れた瞬間、事態は劇的な変化を見せた。


「グル……? ……あれ……?」


突撃していたブラッド・ウルフの足が、ピタリと止まった。

その凶暴な赤い目が、みるみるうちにトロンと濁っていく。全身の毛を逆立てて威嚇していたはずが、急激な弛緩作用に襲われ、ピンと立っていた耳がパタンと垂れ下がった。


「なんか……戦うの……めんどくさくなってきた……」

(※魔獣が何を考えているかは推測だが、明らかにそういう顔をしている)


ブラッド・ウルフは牙を引っ込めると、戦闘態勢を完全に解除し、その場で「ふぁ〜あ……」と大きな欠伸をした。そして、トコトコとルシアの方へ歩いていくと、彼女がゴロゴロと転がっている足元に、まるで飼い犬のようにペタリと腹這いになり、そのまま前足に顔をうずめてスヤスヤと眠り始めてしまったのだ。


「ん? なんか足元がモフモフしてあったかいんだけど……」

ルシアがゴロンと体勢を変えて下を覗き込むと、そこに巨大な凶暴魔獣が犬のよう丸くなって寝ているのを発見した。


「わっ、なにこれ! 犬……じゃなくて狼? でも、なんかめちゃくちゃ眠そうにしてるんだけど……」

「あー、さっきまで牙剥いて走ってきたけど、ルシアの周りに来たら急に骨抜きになっちゃったね」

レオンが感心したように言った。


「えっ、私のせい!? いや、私、何も攻撃してないよ? ただ『今日も動きたくないな〜』って転がってただけだけど……」

「それが原因だな。君のその『戦うのめんどくさいオーラ』が強すぎて、凶暴な魔獣の戦闘本能まで完全に蒸発させちまったんだろ」


ルシアは自分の両手を見つめ、まじまじと驚いた。

「すごっ……私、魔王だった頃より、人を無力化する才能があるかもしれない……」


「いや、無力化っていうか、文字通り『戦意』を完全に消し去ってるからね。これ、もし敵の軍隊とかが攻込んできたら、一発で全員無気力人間になるんじゃないか?」

レオンの何気ないその予測は、のちに王国や魔王軍の精鋭たちを文字通り「全滅(物理的な意味ではなく、戦意喪失的な意味で)」させることになるのだが、このときの二人は「まあ、平和でいっか」と気楽に笑い合っていた。


その後も、ルシアは縁側や庭の芝生の上で、右へゴロン、左へゴロンと気ままに転がり続けた。

彼女がゴロゴロするたびに、村を包む空気はますます緩み、周囲に漂っていたかもしれないあらゆるピリピリした殺気や緊張感は、跡形もなく綺麗さっぱり消え去っていった。


鳥たちはのんびりとさえずり、風はどこまでも優しく吹き抜け、村全体がまるで極上の昼寝スポットのような、底知れぬ安心感に包まれていく。


「ねえレオン、このまま一生、動かなくても生きていける気がする」

「だな。労働も戦闘も一切ナシ。世界で一番堕落した、最高に平和な楽園の完成ってやつだな」


ゴロゴロと転がる元魔王と、それをのんびり眺める元勇者。

二人が生み出す最強の「だらだら環境」と「戦意蒸発パワー」は、知らず知らずのうちに、世界を揺るがす大きなうねりの中心地へと、この荒れ果てた農村を仕立て上げていくのだった。

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