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79 第17章:『完全中立・自堕落独立特区』宣言

第17章 第1節


北方の山あいにひっそりと佇む、かつての廃村――いまや全宇宙の怠惰と極楽の頂点を極めるリゾート特区『温泉こたつ庵』。

そこに押し寄せた王国の側近官僚たちや魔界の古参高官たちは、レオンとルシアを王都や魔界へと連れ戻そうと必死の懇願を繰り広げたものの、当の二人はお風呂上がりのベンチで「フルーツ牛乳」を片手にまったりとくつろぎ、返ってきたのは「「嫌だけど?」」というあまりにも冷たく、そして当然すぎる完全一蹴の一言だった。


そのあまりの清々しいまでの拒絶に、最初は絶望していた使者たちであったが、そこはさすが世界の舵取りを担ってきたエリートたちである。二人の放つ「極楽リゾート思想」の圧倒的な快適さに瞬く間に感化され、「それならば全世界をリゾート化してしまえばいいのだ!」と、逆に世界征服ならぬ「世界リゾート化計画の布教者」へと華麗に変貌を遂げ、それぞれの故郷へと誇らしげに帰っていったのであった。


これで、世界上のあらゆる面倒くさい政治闘争や、世界を揺るがす大戦争の火種はすべて綺麗さっぱり消え去り、村には再び永遠の平和と極上の怠惰が訪れた――かに思えた。


しかし、世の中というのは、時として「空気が読めない、あるいは過去の記憶を都合よく忘れてしまったタチの悪い訪問者」をサプライズ的に運んでくるものである。


――その日の午後。

村の入り口、かつて1万人の連合軍が武器を投げ捨てて温泉へと突入していったあの巨大なヒノキの歓迎ゲートの向こうから、今度は全く別の、しかしなんとも懐かしく、そして最高にイラッとする足音が響いてきた。


ザッ、ザッ、ザッ……と、きれいに整列した足音。

そこに現れたのは、王都の最高聖堂からやってきた、かつてのレオンの元・パーティーメンバーである「聖女マリア」……ではなく、さらにその上の権威である「王国の最高主教、および数名の傲慢な宮廷魔導師たち」であった。


彼らは、側近官僚たちが「王都をサウナセンターに改装します」と言い残して帰ってきたことに激怒し、「何を血迷ったか! 元・荷物持ちごときにあのような田舎村を牛耳らせておくとは、教会の威信にかかわる! 我々が直接赴き、あの無礼な男を厳重注意の上、王都の聖堂へと引きずり戻してやろう!」と、身の程知らずにも自ら足を運んできたのだった。


先頭に立っていた老主教は、純白の豪華な聖服を纏い、黄金の杖をつきながら、村の景色をまるでゴミを見るような冷ややかな目で鼻で笑った。

「ふん……! 聞けば、かつて我々が王都から追放した無能な元・荷物持ちのレオンとかいう男が、この鄙びた廃村で調子に乗っているそうだな。魔族の残党やポンコツの元魔王と一緒に、不埒な宴を開いているとは言語道断! 今すぐあの男をひざまずかせ、我が王国の慈悲深き管理下に置くのだ!」


その傲慢な声は、村の特設こたつ席でまったりとミカンの薄皮を剥いていたレオンたちの耳にも、ハッキリと届いた。


「ん……? なんか、向こうの方で変な声が聞こえるけど……」

レオンは剥きたての甘いミカンをパクッと口に放り込み、ほうじ茶の湯呑みを傾けながら首を傾げた。


「あー、聞こえる聞こえる」

ルシアはキンキンに冷えた生ビールのジョッキをテーブルに置き、呆れたような、しかしどこか面倒くさそうな顔でゲートの方に視線を向けた。

「なんか、白くてヒラヒラした服を着たおじいさんたちが、杖を振り回しながら『不埒な宴だ! ひざまずけ!』とか何とか叫んでるわよ。」


「あぁ、なるほど……」

レオンは思い出したようにパチンと手を叩き、やれやれといったふうに深い溜息をついた。


老主教は、レオンの顔を見るなり、汚物を見るような目をさらに細め、傲慢に顎をしゃくってこう言い放った。


「レオン! お前だな、この村で勝手に不穏な魔導特区を作り上げ、王国の秩序を乱している不届き者は! 側近たちから変な戯言を聞いたが、お前のような底辺の元・荷物持ちが調子に乗るのもここまでだ! すぐにその卑しいこたつを片付け、我々にひれ伏しなさい! 王都の聖堂へ戻り、我々の管理下に入ることを命じる!」


そのあまりにも上から目線で、かつ一切の反省の色を見せない高圧的な物言いに、村の空気が一瞬でピリッと冷え込んだ。


こたつ席の周りで麻雀を楽しんでいた大賢者が「ほぉ、これはまた見事なまでの時代錯誤の老害じゃのう」と白目を剥き、焼き鳥を焼いていたガロアが「おいおい、レオン様にそんな口を利いて、ただで済むと思ってやがるのかあの老け顔は……!」とギロリと殺気を飛ばした。


しかし、当のレオンはというと、全く怒る気配もなく、むしろ「はぁ……?」といったふうに、呆れ果てたような脱力した目を老主教に向けた。


レオンはほうじ茶の湯呑みをコトンと机に置き、一切の感情がこもっていないフラットな声で、こう言い放った。


「いや、何言ってるのこの人。頭おかしいんじゃない」


「なっ……なんだと……!? 逆らう気かっ! 我々は王国の最高権威にして、神聖なる教会の指導者だぞ! お前のような身分の低い者が、我々の慈悲深いお言葉に対してその態度はなんだ!」


「いや、身分とか権威とか言われてもさぁ……」

レオンはポリポリと頭をかきながら、面倒くさそうに息を吐いた。

「そもそも、あんたらには迷惑かけてないじゃん、俺はパーティを追い出されて仕方なくこの村に来て、自分で好き勝手に温泉掘ったりラーメン作ったりしてのんびり暮らしてるわけじゃん。それなのに、いざこっちが快適になった途端に管理下に入れって、都合が良すぎない? 頭の病院に行った方がいいよ、マジで」


「ぐっ……! こ、この口出しする小僧が……っ!」

老主教は怒りのあまり黄金の杖をガタガタと震わせた。

「勝手に私腹を肥やし、挙句の果てに世界中を骨抜きにするなど、神の教えに背く大罪である! 今すぐその不埒な温泉もこたつもすべて没収し、お前を異端者として――」


「はいはい、うるさいうるさい」

レオンは主教のヒステリックな演説を、まるで夏の蚊を払うかのように片手でヒラヒラと遮った。

「どうしても俺たちを王都の管理下に置きたいなら、まずあんたたちがここでこの『天下泰平の湯』に全裸で飛び込んで、ブラッド特製の激辛地獄ラーメンを汁まで一滴残らず完食して、なおかつインフィニティチェアで3時間爆睡して『ととのったぁ』って叫んでみせたら、少しだけ考えてあげてもいいけど?」


「なっ……!? わ、我々に下品な野外風呂に入れと言うのか! 冗談ではないわ! そんな泥臭い真似ができるか!」

老主教はプライドを傷つけられたように叫び声を上げた。


「ほらね、できないんでしょ?」

レオンはフッと冷ややかに笑い、再びこたつの中に足を深く突っ込んでみかんの皮を剥き始めた。

「できないなら、これ以上面倒くさい邪魔しないでくれる? こっちはこれからみんなで美味しいすき焼きを食べるんだからさ。さっさと王都へお帰り。あ、帰り道に足腰痛かったら、そこの足湯だけでも浸かっていきなよ。老人の関節痛にはけっこう効くからさ」


「き、貴様ぁぁぁーーっ!! この教会に対する冒涜、決して許さぬぞ! 魔導師たちよ、あの不届き者を縛り上げ、強制的に連行するのだ!」


主教の絶叫を合図に、後ろに控えていた宮廷魔導師たちが一斉に杖を構え、禍々しい迎撃魔法の詠唱を始めようとした。


――だが、その瞬間である。


びゅぅぅぅ……と、村の渓流エリアの方から、ルシアが放った究極の受動的オーラ『全戦意蒸発』の余波を含んだ、甘く心地よい白樺のアロマを纏った風が、ふわっと吹き抜けた。


その風を浴びた瞬間、宮廷魔導師たちの手から、持っていた魔法の杖が「カラン……」と無力な音を立てて地面に滑り落ちた。


「……あれ?」

魔導師の一人が自分の手元を見下ろす。

さっきまで「教会のために異端者を討伐する!」と意気込んでいた彼の脳内から、呪文の詠唱も、教会の教義も、義務感も、すべてがまるで雪のようにスルスルと溶けて消えていった。


頭の中に残ったのは、ただ一つ。

――「なんか、めちゃくちゃ温泉に入って温まりたいな……」という、原始的かつ圧倒的な欲求だけだった。


「おい、何をボヤッとしている! 早く魔法を撃て!」と老主教が振り返って怒鳴ったが、すでに後の祭りだった。

宮廷魔導師たちは全員、トロトロの緩んだ目をして、うっとりとした表情でこう呟いた。


「主教様……もう戦うの面倒くさいです……。私、あそこの木造の露天風呂に入って、フルーツ牛乳飲んで一生を終えたいです……」

「わたしも……もう教会の給料とかどうでもいいから、あの焼き鳥の塩味をもらいに行ってきます……」


「なっ……! 貴様らまで何を言っているのだ! しっかりしろ! 魔族の精神汚染にかかっているぞーーっ!!」


老主教が一人でパニックを起こしてわめき散らしている傍らで、宮廷魔導師たちは全員、教会の服をポイッと脱ぎ捨て、身につけていたのは下着と(いつの間にかガロアから渡された)「温泉こたつ庵」のロゴ入りタオル一枚という姿になり、一目散に大露天風呂へと走り出してしまった。


「ああっ! 待て! 戻ってこい、私の護衛たちよーーっ!!」


老主教は、たった一人だけポツンと取り残され、ガタガタと全身を震わせながらその場に崩れ落ちた。

彼の周りには、先ほどまでの威厳も、教会の権威も、黄金の杖も、すべてが虚しく転がっているだけだった。


レオンは、その床にへたり込んだ老主教をチラッと見やり、やれやれといったふうにため息をつくと、こたつの上のみかんを一個、彼の方へとポーンと投げ渡した。


「ほら、おじいさんも長旅で疲れたろ? まずはあのこたつに入って、ミカンの皮でも剥きながら、人生についてゆっくり考え直してみなよ。戦うより、その方がよっぽど気持ちいいからさ」


老主教は、目の前に転がってきた甘そうなミカンを呆然と見つめた後、ついに力なくその場にうずくまり、子供のようにポロポロと涙を流し始めたのだった。


こうして、かつて王国の教会勢力による最後のあがきも、圧倒的な「快適さの暴力」と「美味いミカン」の前に完膚なきまでに撃破され、世界は再び、最高にぬるくて最高に幸せな平和のなかにすっぽりと包み込まれていくのだった。

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