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75 第15章:1万の大軍、完全沼らせ撃破

第15章 第5節


北方の山あいにひっそりと佇む、かつての廃村――いまや『温泉こたつ庵』および全宇宙の怠惰と極楽の頂点を極めるリゾート特区。

そこに突如として押し寄せた、人類と魔族の合同討伐軍「総勢1万名」は、前魔王ルシアが放った究極の受動的オーラ『全戦意蒸発』と、村の総力を挙げて構築された「大衆の欲望を具現化した究極の屋台街」、そして極上のアルカリ温泉のコンボの前に、見事なまでに全員が骨抜きにされていた。


「貴様ら何をやっておる! 武器を取れ!」と血相を変えて怒鳴り散らしていた元・剣聖レイガーと新魔王軍リーダー・バザルトの叫びは、美味いビールと極上のラーメンに夢中になった兵士たちによって完全無視され、かえって彼ら自身が虚無の淵へと突き落とされる結果となった。


もはや、この村において「戦う」という選択肢を持つ者は誰一人としていなかった。

残された1万名の兵士たちの脳内にあるのは、ただ一つの強烈な使命感――「一刻も早くあの巨大野外露天風呂に飛び込み、最高の『ととのい』を体験する」ということだけだった。


「おい、ぐずぐずしてんじゃねえ! 露天風呂の湯加減が一番最高のピークタイムを逃すぞ!」

「ああっ、私のインフィニティチェアのキープ席が危ない! 急げぇーーっ!!」


かつては王国の誇り高き騎士であり、あるいは新魔王軍の厳格なる精鋭兵であった男たちが、今や軍服のボタンをビリビリと乱暴に引き裂き、身につけていた重い鎧を「ガシャン! ゴロゴロ……」と道端に容赦なく投げ捨てていく。


その光景は、外の世界の人間が見たら間違いなく「世界が終焉を迎えた時の大パニック」だと勘違いするほどの壮絶な脱衣ラッシュだったが、当の本人たちにとっては、人生で最も解放感に満ち溢れた神聖なる儀式そのものだった。


「おらぁっ! 長かった行軍の汚れと、組織の重圧をすべてこのお湯に洗い流してやるぜーーっ!!」


一人の魔族の精鋭兵が、着用していた漆黒の重装甲をすべて脱ぎ捨て、腰に巻いた「温泉こたつ庵・特製ロゴ入り白タオル」一枚だけの姿になると、野生の咆哮を上げながら、一目散に渓流エリアの巨大露天風呂へと駆け出した。


それに続くようにして、王国の重装騎士たちも、剣も槍も、魔法の杖も、すべて地面にポイッと無造作に放り投げ、次々とタオル一枚の軽装へと変身していく。


ガシャン! ゴロゴロ! ポイッ! ドサッ!


村の入り口から渓流エリアに至るまでの小道には、かつて世界を揺るがすために持ち込まれた無数の武器や防具、兜や魔導書が、まるで役割を終えたゴミのように山のように積み上げられていった。

誰一人として、それらの高価な武具を振り返る者すらいない。彼らにとって、今この瞬間に手に入れるべきなのは、栄光の勝利ではなく、「白樺のアロマが香る41.5度の極上アルカリ温泉への入浴権」だけだったのだ。


「うおおおおい! 押すなよ! 湯船の縁で滑って転ぶなよ!」

「うるせえ、お前こそ私のスペースを侵すな! 一緒に仲良く浸かるんだよ!」


ザブーーーンッ!! ドパァーーッ!!


総ヒノキ造りの『天下泰平の湯』に、次々と男たちが飛び込んでいく。

総勢1万名が同時に浸かるにはさすがに広大な露天風呂といえども、この瞬間ばかりは一気に大混雑の様相を呈した。しかし、不思議なことに、そこに殺伐とした空気は微塵も存在しない。


「おっと、すまないな、そっち側のスペースを少し空けるよ」

「いや、ありがとう。……ぷはぁっ! 生きててよかったぁ……!」


王国のベテラン騎士が、隣でぷかぷかと浮き輪代わりに湯船の縁につかまっている魔族の精鋭兵に笑顔で場所を譲り、魔族兵もまた心地よさそうに目を細めてそれに頷く。

数時間前まで「人間と魔族はどちらが優れているか」「この村の洗脳をどうやって破壊するか」などと殺気立って議論していた者同士が、今やタオル一枚のすっぽんぽんで、同じお湯の中に肩まで浸かり、極上の温もりを分かち合っているのだ。


まさにそれは、歴史の教科書に載せるべき「異種族間の完全なる和解と融和の瞬間」であった。

ただし、その和解の動機が「お湯が気持ちよすぎるから」という理由以外に存在しないという点が、この村の恐ろしい(そして最高に平和な)ところだった。


「おい、見てみろよあれを……」


露天風呂の脇に設置された浮き島型カウンターの上で、ガロアがキンキンに冷えた特性ドリンクのジョッキを片手に、その光景を眺めながら豪快に笑った。

「あんなにガチガチに武装してイキってた奴らが、今じゃ全員ただの丸裸の温泉オヤジだ。いやぁ、人間の欲望も魔族の誇りも、結局はこの極上の温泉の前では綺麗に一色に染まるってわけだな!」


「まったくですねぇ」

その横で、ブラッドが優雅にレモンスライスを浮かべた冷たい麦茶を啜りながら、涼やかに微笑んだ。

「武力による威圧は時に反発を生みますが、物理的な『温かさと心地よさ』による強制リラックスは、いかなる強者をも一網打尽にします。我が村の防衛システムとして、これ以上の完成度はないでしょう」


その光景を、村の中央広場から少し離れた特設テラスで眺めていたレオンは、ほうじ茶の湯呑みを傾け、ふうっと満足げに息をついた。


「いやぁ、すごい絵面だねぇ。まさか1万人の軍隊が、到着から小一時間で全員タオル一枚になって温泉でプカプカ浮かぶことになるとは、予想の斜め上をいきすぎてて笑っちゃうよ」


「でしょ?」

ルシアは手元のジョッキをカチンとレオンの湯呑みに軽く当て、得意げに胸を張った。

「私の『全戦意蒸発』の魔力なんて、ぶっちゃけなくてもあいつらはあの露天風呂の誘惑だけで勝手に自滅してたと思うけどね! でもまぁ、これですっかり王都の偉い人たちも、魔界の過激派も、もう二度と私たちを邪魔しに来る気力すら湧かなくなるでしょ」


「そうだね。これだけ盛大に骨抜きにされちゃったら、もう元の殺伐とした荒野や、窮屈な城の生活になんて、誰も戻りたくなくなるだろうしさ」


大賢者は自動麻雀卓の牌をシャカシャカとかき混ぜながら、嬉しそうに白い髭を揺すった。

「ふぉっふぉっふぉ! 連合軍の兵士たち全員が『この村の温泉警備隊』に転職を希望しておるぞ! わしとしては、優秀な若者たちが麻雀のルールを急速に覚えてくれるので、学術的にも非常に喜ばしい限りじゃわい!」


その横で、元聖女マリアは相変わらずの笑顔で、温泉から上がってきたばかりの(タオル一枚姿の)兵士たちに次々とミカンを配り続けていた。

「はーい、お風呂上がりにはビタミン補給の甘いミカンですよー! 風邪ひかないようにしっかり水分も取ってくださーい!」

「ありがとうございます、元聖女様……! 私、もう王城の聖堂には戻りません! この村のミカン剥き係の第2小隊に入隊します!」と、兵士が感涙にむせびながらミカンを受け取る。


村のあちこちから聞こえてくるのは、戦いの怒号でも悲鳴でもなく、「極楽だぁぁーーっ!」「もう戦争はやめて一生ここに住もうぜ!」「乾杯!」という、全宇宙で一番平和で幸せな歓声ばかりだった。


世界を揺るがすはずだった大軍勢は、レオンたちの作り上げた「究極の怠惰とリラクゼーションの特区」の前に、武器もプライドもすべて投げ捨て、最高に幸せな笑顔を浮かべながら、完璧に、そして永遠に平定されてしまったのだった。


秋の夕暮れが、村の景色を温かなオレンジ色の光へと染め上げていく。

湯気の中ではしゃぐ人々の笑い声を聞きながら、レオンはふっと小さくあくびをした。


「さて、そろそろ夕飯の時間だね。今夜はみんなで、何を食べようか」

「もちろん、ブラッド特製の特大すき焼き鍋よ!」とルシアが満面の笑みで答える。


平和すぎる廃村の日常は、今日も今日とて、最高に美味しい匂いと、心地よいお湯の温もりに包まれながら、どこまでも穏やかに、そして賑やかに続いていくのであった。


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