66 第14章:『第一回・温泉スローライフフェスティバル』開幕
第14章 第1節
北方の山あいにひっそりと佇む、かつての廃村――『温泉こたつ庵』。
そこに「人類と魔族の合同討伐軍、総勢1万名が洗脳基地を叩き潰すために進軍中」という前代未聞の物騒な報せが届いてから数時間。村の空気は、一触即発の緊迫感……ではなく、なぜか異様なまでの「お祭り前のウキウキしたワクワク感」に包まれていた。
「おい、そこの特設サウナテントのペグが甘いぞ! 風が吹いたら一発でととのい空間が吹き飛ぶから、もっとガッチリ地面に打ち込め!」
「はっ! ガロア親方、ただいま頑丈な鉄杭に打ち替えます!」
村の入り口付近では、新魔王軍最強の武闘派将軍だったガロアが、いつの間にか支給された「温泉こたつ庵・運営スタッフ特製ハッピ」をビシッと纏い、元・魔王軍の兵士や村の住民たちを大声で指揮していた。
彼の背後には、突貫工事で建てられたとは思えないほど精巧で美しい、ヒノキの香りが漂う「野外巨大本格薪サウナドーム」がそびえ立っている。その隣には、キンキンに冷えた神級井戸水を使用した「極上水風呂プール」と、インフィニティチェアがズラリと並ぶ広大な外気浴スペースが完備されていた。
その一方、村の中央広場から古民家の縁側にかけての一帯では、さらに凄まじい規模の「巨大フェス会場化計画」が進行していた。
「ねえレオン、この焼きイモ用の大鍋の配置、もうちょっとこたつの近くにしたほうがいいんじゃない? 攻めてきた奴らが冷えた体をすぐに温められるようにさ」
ルシアは手ぬぐいを頭にキュッと巻き、特製の巨大トングを片手にテキパキと指示を出していた。彼女の足元には、ブラッドの魔導(?)によって絶妙な火加減で管理された、黄金色の焼きイモが山のように積み上げられている。
「うん、いい感じいい感じ。あ、ルシア、そこにある『神級ポテトチップス・コンソメ味』の試食用の大樽、もう少し入り口寄りに置いといて。どうせ腹ペコで歩いてくるんだから、最初のゲートをくぐった瞬間に胃袋をノックするのが一番効果的だからさ」
レオンは特製のインフィニティチェアにゆったりと寝そべりながら、指示を飛ばしつつも、手元のほうじ茶をずずっと啜っていた。
「レオン様、お言葉ですが、そんな甘いおもてなしだけで1万の軍勢が大人しく引き下がるとお思いですか?」
少し離れた場所で、大量のネギと鴨肉の塊を神業的な包丁さばきで刻みながら、元・裏社会最強の暗殺者ブラッドが静かに微笑んだ。
「もし彼らが暴徒と化して村を荒らそうものなら、私の仕込んだ『特製・無限おかわり誘発型うどんボウル』の魔力によって、全員の闘争本能を完全になくし、スープの一滴まで残さず完食させる自信がありますが」
「いや、だから戦わせるなってば、ブラッド」
レオンヌは苦笑しながら手をひらひらと振った。
「あいつらはただ、王国や魔王軍の組織のプレッシャーに耐えかねて、勝手に『あの村に行けば仲間が洗脳されている! 助けに行かなきゃ処刑される!』って思い込んでやってくるだけの被害者なんだからさ。だったら、ボコボコにして追い返すより、美味しいものを腹いっぱい食わせて、極上のサウナとこたつで『……あれ? 俺たち何のために戦おうとしてたんだっけ?』って脱力させちまった方が、よっぽど平和でWin-Winだろ?」
「さすがレオン様……。暴力ではなく、圧倒的な『圧倒的胃袋の満足と極楽』で世界を屈服させるとは、真の支配者の貫禄ですね」
ブラッドは心底感服したように深く頷き、ふたたび恐るべき速度でネギを刻み始めた。
その広場の隅、特設のこたつ席の真ん中では、王国最高知性の大賢者が、巨大なフェスのフロアマップ(手書きの落書き風)を広げながら、なにやらブツブツと難しい顔で議論していた。
ニンマリと笑みを浮かべる大賢者の隣には、今や「専属みかん剥き係兼・フェス受付嬢」のポジションを完全に我が物にした元聖女マリアが座っていた。彼女は山のように積まれた完熟ミカンの山を前に、神業のようなスピードで次々と薄皮を剥きながら、周囲のスタッフに指示を出している。
「いいですか、皆さん! 連合軍の連中が村のゲートに到達した瞬間、私たちはただ武器を向けるのではありません!」
マリアはキリッとした表情で、スタッフたちに熱弁をふるった。
「まず第一陣の者たちには、笑顔で『いらっしゃいませ! 極楽リゾート特区へようこそ!』と声をかけ、一歩進んだところで『剥きたて甘々ミカン』を一口食べさせます! 第二陣の者たちには、そのままサウナへの直通ルートを案内し、特性ドリンクを強制的に手渡すのです! これぞ、聖女の祈りを応用した『完全無欠のウェルカム骨抜き戦術』です!」
「おお……! なんと恐ろしく、そして美味しい戦術じゃ……!」
大賢者はポンと手を叩き、感心したように頷いた。
「流石は元聖女、宗教的な儀式のノウハウが完全に『おもてなしの接客業』にスライドしておるわい。これなら、いかなる屈強な戦士であっても、ゲートをくぐった3分後には戦闘意欲を完全に喪失し、ただの『お腹を空かせた一般観光客』へと堕落するに違いない!」
「でしょでしょ? 王城で窮屈な説教聞かされてるより、ここでミカン剥いてる方が百倍やりがいがあるわ!」
マリアは得意げに胸を張り、一際鮮やかなオレンジ色のミカンをもう一つ、スルリと綺麗に解体した。
村の敷地全体は、数時間前までの静かな廃村の面影を完全に消し去り、いまや「世界最高峰の食とリラクゼーションの大規模テーマパーク(兼・極楽フェス会場)」へと見事に生まれ変わっていた。
村の入り口には、ガロアが自慢の腕を振るって作った巨大なヒノキの看板がドンと立てられている。
そこには、力強い筆文字でこう書かれていた。
『温泉こたつ庵・大感謝グルメ&サウナフェスティバル ~戦う奴は全員こたつに入れ!~』
看板の下には、ふかふかのサウナハットが山積みにされ、その脇では、ブラッドが仕込んだ「神級ポテトチップス」の試食コーナーから、香ばしいコンソメとバターの極上の香りがふわりふわりと風に乗って、南方の荒野の方角へと流れていこうとしていた。
「よし……大体の準備は完璧だな」
レオンはインフィニティチェアからゆっくりと立ち上がり、村の入り口の方角へと目をやった。
遠くの地平線から聞こえていた地鳴りのような足音は、もはや聞き間違いようのないほどハッキリと大きくなっていた。
「うおおおおおおーーーっ!! 洗脳の巣窟を木端微塵に粉砕せよーーっ!!」という、レイガーやバザルトたちの気合の入った(そして完全にから回った)鬨の声が、いよいよ村のすぐ近くまで迫ってきている。
「おっ、やっと来たみたいだね」
レオンは面倒くさそうに首をポキポキと鳴らし、ポケットに手を突っ込みながら、のんびりと村の入り口の巨大ゲートへと歩き出した。
「さあ、皆さん! お待たせしました! 連合軍ご一行様ご到着の合図ですよ!」
ルシアはシャキッと立ち上がり、特製の巨大トングを高々と掲げた。
「これより、歴史上最もシュールで、最も平和な『全人類・魔族骨抜き大作戦』を開始するわよーーっ!!」
「「「おーーっ!!」」」
村中を巻き込んだ、最高にゆるくて最高に最強の「おもてなしの宴」が、いま、まさに幕を開けようとしていたのだった。




