65 第13章:取り残されたトップたちの愚行
第13章 第5節
北方の静かな廃村――いまや全宇宙の怠惰と極楽の頂点を極める『温泉こたつ庵』の広間には、人類と魔族の合同討伐軍「総勢1万名が村へ進軍中」という衝撃的な(そして非常に面倒くさい)報せがもたらされていた。
遠くの地平線から聞こえてくる地鳴りのような足音と、「洗脳の巣窟を灰燼に帰せーーっ!!」というむさ苦しい大歓声が、のどかな村の空気を少しだけ(物理的には全く揺るがぬまま精神的に)ピリつかせた。
そのただ中にあって、こたつの端に腰掛けていた元・裏社会最強の暗殺者、現在は専属うどん料理長代行のブラッドが、ふっと静かに立ち上がった。
彼の纏う空気が、一瞬にしてかつての「死の影をまとった最強の殺し屋」のそれに切り替わる。
「レオン様、ルシア様」
ブラッドは恭しく一礼し、冷徹な美笑を浮かべた。
「我が村の平和を脅かす不心得者どもが1万名ほど押し寄せてきているようですが……ご心配には及びません。私がかつての暗殺技術のすべてを駆使し、村の周辺の林に無数のトラップと毒の罠を張り巡らせて、足を踏み入れた者から順に全員の意識を刈り取ってまいりましょう。手出しはさせません。返り討ちにしましょう」
ブラッドのそのあまりにも頼もしく、かつ物騒すぎる提案に、こたつの中からルシアがパチパチと拍手を送る。
「お、いいねぇブラッド! さすが元暗殺者、言うことが頼もしいわ! じゃあついでに、捕まえた奴らは全員あの灼熱のサウナにぶち込んで、限界まで蒸し焼きにしてから水風呂にドブンと沈めてやろうか!」
「お、いいですね! ルシア様、それでしたら私にお任せください!」
薪割り部隊の特製半纏を羽織った新魔王軍最強の武闘派将軍・ガロアが、愛用の斧をガキィィンと頼もしく地面に突き立てた。
「我が軍の愚か者どもが、人間の残党などと結託してこの聖地を荒らしに来るとは言語道断! ガロア様のお怒りとして、あの1万の雑魚どもをたった一人でねじ伏せ、二度と牙を剥けないように『完ち』の恐怖を叩き込んでやりますよ!」
ブラッドとガロアという、人間界と魔界の双方においてトップクラスの危険人物がコンビを組み、「連合軍の完全迎撃・返り討ちプラン」を自信満々にぶち上げたのである。
もしここに、荒野で熱く進軍を誓い合っていたレイガーやバザルトがいたら、その時点で失禁して気絶していたに違いなかった。
しかし、その血気盛んな二人の最強コンビの提案に対し、張本人であるレオンは、こたつの布団にもたれかかったまま、めんどくさそうにポリポリと頭をかいた。
「いや、戦うの面倒だしフェスやろう」
「…………は?」
ブラッドとガロアが、同時につんのめりそうになりながら声を揃えた。
広間にいた大賢者やマリアも、持っていたお茶やミカンを止めて、一斉にレオンの顔を二度見した。
「レオン殿、いま何とおっしゃいました……?『フェス』、ですか……?」
ガロアが目を丸くして聞き返す。
「ああ、フェス。お祭りだよ、お祭り」
レオンは面倒くさそうにため息をつきながら、説明を始めた。
「だってさ、向こうは『洗脳特区をぶっ潰す! 仲間を奪還するぞ!』って、わざわざ1万人も連れてはるばる遠くから歩いてやってきてるんだろ? そんなの、こっちが本気でトラップ仕掛けたり、返り討ちにしたりしたら、向こうも必死になって逆襲してくるし、こっちだって後片付けとか畑の修復とかでめちゃくちゃ面倒くさいことになりそうじゃん」
「いや、しかしですねレオン様! あちらは殺る気満々で突撃してきているのですよ! おもてなしなど通じる相手ではありません!」とブラッドが真面目な顔で反論する。
「通じる通じないじゃないんだよ。人間も魔族もさ、結局のところ、腹が減って、疲れて、寒いからイライラして戦争とか言ってるだけなのよ」
レオンはそう言って、こたつの上でポンと手を叩いた。
「考えてもみなよ。総勢1万人が何日もかけて野宿しながら歩いてきて、今ごろ腹ペコで、足はパンパンに腫れて、寒さに震えながら『うおおお!』って叫んでるわけだろ? そんな連中に、いきなり熱々のサウナと、ブラッド特製の鴨南蛮うどん、そして焼きたての発酵バター焼きイモをドカンと振る舞ってみたらどうなる?」
「……ほう?」
大賢者が面白そうに白い髭を撫でた。
「戦闘モードから一気に『食欲モード』へと強制相転移させるというわけか。なかなかに悪趣味で、かつ効率的な心理誘導じゃな」
「洗脳の巣窟って言われてるんだからさ、いっそ盛大に『極楽怠惰フェスティバル』を開催して、攻めてきた奴ら全員をその場で骨抜きにして、そのまま村の新しい住人(またはお客さん)にしちまえばいいんだよ。戦うよりよっぽど平和で、後片付けも楽でしょ?」
レオンのその「あまりにも斜め上を行く、しかし圧倒的に省エネで平和的な解決策」に、その場にいた全員が絶句し、そして――じわじわと込み上げる笑いをこらえきれなくなった。
「あははははっ! 最高じゃない、それ!」
ルシアが腹を抱えて大爆笑した。
「『洗脳の巣窟』って言われてるなら、いっそ本当に全員をだらだらの虜にして、フェスの屋台で焼きイモと特性ドリンクを売りつけてやるのよ! 攻めてきた奴らが全員こたつに入ってミカン剥き始めたら、向こうの王都も魔界も一網打尽じゃない!」
「さすがレオン様……! 武力で制するのではなく、圧倒的な『食とリラクゼーションの暴力』で敵を無力化するとは……私のような元暗殺者の浅知恵など足元にも及びません!」
ブラッドは感服したように深く頭を下げた。
「ガロアも、せっかく鍛えた腕で迎撃するより、特製サウナテントの設営隊長として、敵の兵士たちを優しくロウリュウの地獄(天国)へ案内してやってよ」
「承知いたしました! 連合軍の野郎どもを、全員最高のととのいへと導いてやりますとも!」ガロアは力強く胸を叩いた。
「決まりだな!」
レオンはパチンと手を鳴らし、すっかりやる気のない(しかし気合の入った)指示を出した。
「それじゃあ、緊急特設『温泉こたつ庵・大感謝(?)グルメフェス』の準備を始めるぞ! ブラッドはうどんの大量生産の準備! ガロアは村の入り口に巨大な歓迎ゲートと特設サウナの設営! 大賢者はフェスの司会進行(と麻雀の合間の休憩)を頼む!」
「お任せあれ! 学術的検証を兼ねて、最高のフェスにしてやろうぞい!」大賢者が杖を高々と掲げた。
「私とルシアは、焼きイモとミカンの大規模ピラミッドを構築する担当ね!」マリアもすっかり「みかん剥き係」としての誇りを胸に、やる気満々で袖をまくった。
怒りに燃え、人類と魔族の垣根を越えて「洗脳特区の破壊」を誓いながら進軍する総勢1万人の合同討伐軍。
しかし、彼らを待ち受けていたのは、冷酷な罠や迎撃部隊ではなく、「世界で一番美味しいグルメと、極上のサウナ、そして逃れられないこたつの魔力による、盛大すぎるおもてなしフェス」であった。
果たして、意気軒昂に突撃してくるレイガーやバザルトたちの運命は――?
勘違いと食欲が交錯する、歴史上最もシュールな大決戦の幕が、いま静かに、そして圧倒的な良い匂いとともに上がろうとしていた。




