51 第11章:引きこもり大賢者と聖女の焦り
第11章 第1節
東の空がゆっくりと茜色から眩しい朝の光へと変わり、名もなき廃村――いまや世界で最も贅沢なリゾート特区『温泉こたつ庵』を温かく包み込み始めていた。
前夜から夜を徹して、レオンが自家製で作った『全自動麻雀卓風ボードゲーム』とブラッド特製の『神級ポテトチップス』の魔力に完全に取り憑かれ、壮絶な頭脳戦を繰り広げた王国最高知性の大賢者。彼は見事に徹夜の執念で一局を制し、子供のように誇らしげな笑顔を浮かべていた。
そして、朝の澄んだ空気の中、レオンのお誘いに乗った大賢者は、元魔王ルシアや元・重装甲親衛隊の面々とともに、ついに噂の『本格薪サウナ&極上水風呂処』へと足を踏み入れることになった。
「ほう……これが、あのガロアの軍勢をも骨抜きにしたという『危険な魔導装置』か……」
大賢者は、サウナ小屋の木の扉を開け、中に漂う芳醇な白樺アロマの香りと熱気に、わずかに眉をひそめた。
しかし、研究者としての好奇心が勝った彼は、供の魔導師たちの必死の制止を振り切り、「百聞は一見にしかず! この私が自らその仕組みを検証してやろう!」と、自ら進んで熱々の90度のサウナ室へと腰を下ろした。
それから数十分後――。
「ふあぁぁぁ……っ……!!」
サウナから出てきた大賢者は、キンキンに冷えた神級井戸水の水風呂へと頭のてっぺんまでドブンと浸かり、さらに外気浴スペースのインフィニティチェアでふかふかのポンチョを羽織り、秋のそよ風に吹かれながら、盛大に「ととのって」いた。
「な……なんだこれは……! 血管がキュッと引き締まり、脳の隅々にまで新鮮な魔力が駆け巡るような……! この圧倒的な解放感と精神のクリアさは……魔導の理を超越した、究極の……極楽浄土ではないか……ッ!!」
メガネを曇らせ、白髪を風になびかせながら、大賢者は完全に骨抜きになっていた。
さらに極めつけは、サウナ上がりにブラッドから差し出された、キンキンに冷えた巨大ジョッキの『特性ドリンク』と、圧倒的なボリュームと旨味を誇る『激ウマスタミナサ飯(神級豚キムチ丼)』であった。
「ぐはぁっ……! この甘酸っぱさと炭酸の刺激が、渇ききった喉の細胞に染み渡るぅ……! そしてこの豚キムチのスパイスと肉汁が、疲労困憊の胃袋を強烈にノックする……! う、旨い……旨すぎるぞぉぉぉーーーっ!!」
大賢者は、王国の最高権威としてのプライドを綺麗さっぱり忘れ去り、丼を両手でガツガツとかき込み、特性ドリンクを豪快に飲み干した。その姿は、昨日まで「怪しい邪法の罠を暴く」と息巻いていた気難しい頑固老人とは似ても似つかない、ただの「サウナとサ飯を愛する最高齢のエンジョイ勢」そのものであった。
◇◆◇
太陽が完全に昇りきった昼下がり。
村の入り口付近には、大賢者の帰還を待ちわびていた王国精鋭の魔導調査団の兵士や、首席魔導師たちがソワソワと集まっていた。
「お、おい……。大賢者様がサウナに入られたきり、もう何時間も戻ってこないぞ……」
「まさか……本当にガロア部隊のように、あの村の恐ろしい邪法に囚われて、行方不明に……!?」
「どうする!? 我々だけで村に突入して救出するべきか!?」
兵士たちがパニックを起こしかけたその時、サウナ小屋の方から、すっかりふかふかのサウナハットを被り、ポンチョをスマートに着こなした大賢者が、満足げな顔でトコトコと歩いてきた。その背後には、同じくすっかり骨抜きにされた精鋭魔導師たちの姿もある。
首席魔導師が血相を変えて駆け寄った。
「あ、大賢者様っ……! ご無事で何よりでございます……! 一体、あの村で何があったのですか!? やはり、恐ろしい精神汚染の邪法や、魔族の陰謀が……っ!」
首席魔導師の必死の問いかけに対し、大賢者はふっと鼻を鳴らし、悠然と杖を突いた。
「ふん……騒ぎ立てるな。馬鹿者め」
「え……?」
大賢者は、懐から昨夜レオンから教わったボードゲームのルールが書かれたメモ用紙を大切そうに取り出し、目を輝かせながら熱っぽく語り始めた。
「いいか、よく聞け。この村に仕掛けられているのは、邪法などではない。……これだ!」
「こ、これ……?」
「そうだ! 中央の自動盤面機構によるランダム性と、高度な心理戦、そして確率の極限を融合させた、この『全自動麻雀卓風ボードゲーム』という名の至高の知的遊戯……! そして、サウナ・水風呂・特性ドリンク・豚キムチ丼という、人類の科学と魔導の歴史をひっくり返すほどの『究極の肉体リラクゼーション・システム』なのだよ!」
首席魔導師は、目の前の上司の変わり果てた姿に、ポカンと口を開けたまま言葉を失った。
「し、しかし大賢者様……! 我々の任務は、ガロア部隊失踪の謎を解き明かし、王城へ速やかに帰還して報告することでは……!」
「帰還だと?」
大賢者は鼻息を荒くし、ビシッと杖で地面を指し示した。
ニンマリと笑うその顔は、もはや研究室の頑固老人ではなく、新しいおもちゃを買ってもらった子供のようだった。
「私は当分の間、王都には戻らん! ここに残り、あのボードゲームの完全攻略法と、サウナが脳に与える魔導的影響についての『学術的長期研究』を続行する!」
「なっ……! なんだってーーーっ!?!?」
調査団の全員が、同時にひっくり返りそうなほどの驚愕の声を上げた。
「王国の最高知性である私が、これほどまでに知的興奮を覚え、かつ肉体的な至福を得られる研究施設を自ら手放すなど、あり得ぬ! 誰が何と言おうと、私はここに居座る! 王都の宰相どもには、『大賢者は現地にて徹底的な調査の真っ最中であるため、当分の間連絡は取れない』と伝えておけ!」
「そんなぁ……! そんな勝手な理由で調査団の長が帰還拒否なんて……王城に戻ったら絶対に大目玉を食らいますよ……!」
首席魔導師が頭を抱えて絶叫したが、大賢者はもう完全に聞く耳を持っていなかった。
「ふん、文句があるならお前たちも一緒にこたつに入れ! ブラッド君が今から特製の『神級ポテトチップス・コンソメ味』を揚げてくれるそうだ! さぁ、早く席につかんと、今日の麻雀の席が埋まってしまうぞ!」
大賢者はルんルんとした足取りで、再び古民家の縁側のこたつへと急ぎ足で戻っていった。
王国から派遣された最強の知性・大賢者はこうして、ガロア部隊や元魔王軍の面々に続き、自ら進んでレオンの「だらだらリゾート特区」の永住住民(兼、ボードゲーム研究者)へと華麗に転身を遂げてしまったのだった。




