47 第10章:王国調査団と大賢者
第10章 第2節
王城の会議室での厳粛な決定から数日後。
王国が誇る最高峰の知性にして、魔導の極みに達した気難しい頑固老人――「大賢者」が率いる精鋭魔導調査団は、険しい山道を抜け、うっすらと雪化粧を始めた木々が立ち並ぶ北方の一帯へと足を踏み入れていた。
大賢者は、馬車の中から外の景色を眺めながら、不機嫌そうに長くて白い髭を引っ張っていた。
「まったく……。国を揺るがす大事件だの、謎の失踪事件だのと、若造どもが騒ぎ立てるからこんな寒々しい田舎道まで馬車を走らせることになるのだ」
大賢者の隣には、彼の側近である若手の首席魔導師が、冷や汗を拭いながら恐縮しきった様子で座っている。
「あ、あの……大賢者様。しかし、噂によれば、かの最強の武闘派将軍であるガロア率いる重装甲親衛隊100名が、あの一帯の村に足を踏み入れたきり、一切の音信不通となっているのでございます。相手がただの人間や落ちぶれた元魔王であれば、これほどの大規模な戦力が無傷で消え去るなど、常識では考えられません……!」
「常識だと?」
大賢者は鼻を鳴らし、手元の古い魔導書を荒々しくめくった。
「世の愚か者どもは、自分たちの理解を超えた現象に出くわすと、すぐに『怪物だ』『邪法だ』と騒ぎ立てる。魔導の理を極めたこの私からすれば、世間で起きる不可解な現象の九割九分は、単なる未熟な魔術的トリックか、あるいはくだらない錯覚にすぎん!」
大賢者は、長年にわたり王国の魔導アカデミーで膨大な古文書と向き合い、誰よりも合理的な魔導の理論を信奉してきた自負があった。
彼にとって、「人間の村に謎の邪法が仕掛けられており、屈強な魔族の軍勢がまるごと消え去った」という噂は、科学的・魔導的合理性に欠ける低俗なオカルト話にしか聞こえなかったのである。
「ふん。おそらく、あの村に隠れ住んでいるという落ちぶれた元魔王とやらは、古代の低位な幻術や、人間の精神を一時的に混乱させるだけのチャチな精神誘導の魔道具でも拾ったのだろう。それに引っかかったガロアとやらの頭が、もともと筋肉で出来ていたからこそ、まんまと罠にかかったにすぎん」
大賢者は杖をコツンと床に突き立て、冷徹な笑みを浮かべた。
「いいだろう。私が自らその村へ乗り込み、そのチャチな魔導的トリックを木端微塵に論破してやろうではないか。王国の知性の高さを見せつけて、二度とこのような下らない騒ぎを起こさせぬようにしてやるわ!」
馬車の外では、大賢者の威厳に満ちた言葉に勇気づけられた王国精鋭の魔導調査団の兵士たちが、「さすがは大賢者様……!」「あの老怪物が相手なら、どんな邪法も一網打尽に違いない!」と、期待の眼差しを向けながら進軍を続けていた。
やがて、馬車の窓から、周囲の風景とは明らかに異なる奇妙な一帯が見えてきた。
そこは、王国のはずれにひっそりと佇む、かつての「名もなき廃村」――いまでは『温泉こたつ庵』および『本格薪サウナ特区』として、世界で最も平和で贅沢な湯気と香ばしい出汁の匂いに包まれている聖域であった。
「……ん?」
馬車から降り立った大賢者は、鼻をひくつかせた。
冷たく澄んだ山の空気に混じって、どこか甘く、芳醇な白樺のアロマの香りや、薪がパチパチと心地よく燃える芳ばしい匂いが、ふわりと風に乗って漂ってきたからだ。
さらに、村の入り口の方からは、何やら異様なほどの穏やかな活気と、魔族のくせに「サウナハットの洗濯、バッチリ完了でーす!」などと朗らかな声を上げて楽しそうに働く元・魔王軍親衛隊たちの楽しげな話し声が聞こえてくる。
「……おい」
大賢者は眉をひそめ、供の魔導師を振り返った。
「これが……ガロアの軍勢が消え去り、恐ろしい邪法の罠が渦巻いているという『魔の廃村』の様子か……?」
側近の魔導師も、冷や汗を流しながら周囲をキョロキョロと見回した。
「は、はい……噂によれば、この村の一帯は血も凍るような殺気と精神汚染の空間だと聞いていたのですが……なんだか、ものすごく良い匂いがしますし、温泉宿のようなくつろいだ雰囲気が……」
「馬鹿者!」
大賢者は不機嫌そうに杖をピシャリと地面に突いた。
「これこそが、相手の仕掛けた高度な心理誘導の罠だ! 油断するな! 脳みそをトロトロに溶かすような甘い匂いや、気の抜けるような雰囲気をあえて漂わせることで、侵入者の警戒心を解きほぐす高等な精神干渉結界に違いぬ!」
大賢者は自身の魔力を全身の皮膚から巡らせ、目を鋭く光らせた。
「ふん、小賢しい真似を……! この大賢者の強靭な理性と絶対的な魔導の知識の前には、そのようなチャチな幻惑結界など何の意味もないわ! 全員、私に続け! その邪法の核心を今すぐ暴いてやろう!」
大賢者は、周囲の部下たちに厳重な警戒態勢をとるよう命じると、自ら先頭に立ち、カツカツと足音を響かせながら村の中心部へと堂々と乗り込んでいった。
もちろん、彼が警戒している「高度な精神干渉結界」の正体は、単にレオンが作った薪サウナの心地よい熱気と、ブラッドが仕込んだ出汁の匂い、そしてルシアの『全戦意蒸発』が勝手に漏れ出ているだけの「究極の脱力フィールド」なのだが、頑固な理論武装で固めた大賢者にとって、その事実に気づく余地はまだ微塵も残されていなかったのである。




