46 第10章:王国調査団と大賢者
第10章 第1節
王国の中枢に位置する王城の白亜の会議室。
そこでは、王国の最高幹部たちや騎士団長たちが、顔面を蒼白にしながら緊急の重役会議を開いていた。議論の焦点となっていたのは、王国北方の地図にも載っていない、かつての「廃村」である。
「またか……! またしても、あの村に向かった者が行方不明になったぞ!」
会議室の長机を、老齢の宰相がガチャンと激しく叩いた。
彼の眼前には、ここ最近で王国および周辺情勢を揺るがした不可解な失踪事件の記録がズラリと並べられていた。
最初に異変が起きたのは、数ヶ月前のことである。
元勇者パーティの剣聖から「レオンという追放者を始末せよ」と密命を受け、裏社会で恐れられていた最強の暗殺者ブラッドがその村へ潜入した。しかし、彼からの連絡はピタリと途絶え、暗殺組織に宛てて「勝手に退職届」が郵送されてきたきり、二度と戻ってくることはなかった。
そして、つい先日。
今度は王国にとっても、そして敵対する新魔王軍にとっても無視できない大事件が起きた。魔王軍一の武闘派将軍であるガロアが、精鋭の重装甲親衛隊100名を率いてその村へ進軍し、前魔王ルシアの首を討ち取ると息巻いていたにもかかわらず、そのまま音信不通になってしまったのである。
「暗殺者が消え、さらに魔王軍の最強部隊が100名単位で丸ごと消え去るなど……常識的に考えて、そんなことがあってたまるか!」
騎士団長が冷汗を拭いながら、声を震わせた。
「人間であれ魔族であれ、あの村の周辺に足を踏み入れた者は、一人の例外もなく忽然と姿を消している……! 一体、あの村で何が起きているというのだ!?」
「魔族の罠か……? いや、魔王軍の幹部や親衛隊まで消えているのだから、魔族だけの仕業とも考えにくい」
別の貴族が恐怖に顔を引き攣らせる。
「もしかすると……あの村には、人間も魔族もまとめて喰らい尽くすような、古代の邪神でも眠っているのではないか……?」
会議室は、得体の知れない恐怖と疑心暗鬼の空気に包まれた。
元勇者パーティがレオンを追放した直後から、世界のダンジョン難易度がなぜか跳ね上がり、あちこちで異常事態が起きていたことも彼らの不安に拍車をかけていた。もし、あの名もなき廃村が世界を滅ぼす魔の巣窟と化しているのだとしたら、王国としても放置することは絶対にできない。
「しかし、このまま放置すれば、我が王国の安全保障そのものが崩壊しかねらん。かといって、ただの兵士を大勢送り込んでも、ガロア部隊の二の舞になるのがオチだ……」
宰相が頭を抱え、苦渋に満ちた表情を浮かべた時、会議室の片隅の暗がりから、低い、しかし圧倒的な威厳を帯びた老人の声が響いた。
「ふん……愚か者どもが。たかが小さな村落の一つに怯え、憶測だけで国政を揺るがすとはな」
会議室の全員の視線が一斉にその人物へと向けられた。
そこに座っていたのは、王国の長老にして、数千の古文書と禁断の魔術体系をその頭脳に収める、王国最強にして最高知能の存在――「大賢者」であった。
大賢者は、地面に届きそうなほど長く白い髭を蓄え、分厚い魔導書を片手に、面倒くさそうに片方の眉を吊り上げていた。彼は普段から人間嫌いの気難しい頑固老人として知られており、王城の奥深くでひたすら魔導具の研究や魔法陣の解析に没頭し、政治的なゴタゴタには一切首を突っ込まないことで有名だった。
「大賢者様……!」
宰相がわらにもすがる思いでその老人に歩み寄った。
「しかし、ガロア部隊の失踪は事実です! あの村には、人間の常識を遥かに超越した『怪しい邪法』が使われているに違いありません! 調査団を派遣するにしても、誰を向かわせればいいのか……」
「だからこそ、私が行くと言っているのだ」
大賢者は鼻を鳴らし、ガチャンと杖を床に突いた。
「私ほどの魔導の極みに達した者がいれば、いかなる邪法であろうとその正体を暴き、仕組みを完全に解き明かして見せることができる。第一、お前たちがジタバタと怯えている姿を見ているだけで、頭痛がしてくるわい」
大賢者が自ら調査団の指揮を執ると名乗り出たことで、会議室の緊迫した空気は一瞬にして「圧倒的な安心感」へと変わった。
「おお……! なんと心強い……! あの大賢者様が直接出向いてくださるというのであれば、いかに恐ろしい邪法の罠であっても一網打尽に違いありません!」
騎士団長は感激のあまり涙ぐんだ。
「ふん、過信するな。私はあくまで『知的好奇心』から、あの村の怪しげな魔術的トリックを暴きに行くまでのことだ」
大賢者は冷ややかに言い放つと、立ち上がって杖を大きく振るった。
「準備を整えよ。王国が誇る精鋭の魔導調査団を編成し、直ちに出発する。……ふっ、人間の村に隠れ住んで怪しげな邪法を弄ぶ不届き者め。私を驚かせるほどの面白い魔導具でも隠し持っているなら、せいぜい楽しませてもらうとしよう」
こうして、暗殺者に続きガロア部隊までが消え去った謎の農村を徹底的に調査するため、王国の最高脳髄である「大賢者」率いる精鋭調査団が、鳴り物入りで出発することになった。
もちろん、彼らがこれから向かう先が、恐ろしい邪法の巣窟などではなく、極上の温泉とこたつ、そして無限の怠惰を誘う「世界一平和なだらだら地獄」であることなど、この時の大賢者は夢にも思っていなかったのである。




