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43 第9章:魔王軍の崩壊と、新常連ガロア

第9章 第3節


王国のはずれに広がる平和な極楽特区から遠く離れた、魔界の深部にそびえ立つ新魔王軍の本拠地――冷え切った漆黒の玉座の間。


そこには、前魔王ルシアを追放し、力と恐怖による新体制を敷いたクーデター派の幹部たちが、再び深刻な面持ちで集まり、重苦しい沈黙を交わしていた。


「……で、まだ連絡は入らないのか?」


玉座の中央に座る新魔王軍の最高幹部の一人――冷徹な知略家として知られる魔族の宰相が、低い声で情報担当の魔族を睨みつけた。

その視線を受けた情報担当は、冷や汗をダラダラと流しながら、ガタガタと震える足で一歩前に進み出た。


「は、はい……! あれから何度も伝令の魔物や魔導通信を送っているのですが……ガロア様率いる重装甲親衛隊100名からの返答は、いまだに一切ございません……!」


「――なっ……! まだだと……!?」


玉座の間に、ピリリとした不穏なざわめきが走った。

ガロアが出陣したのは、つい数日前である。相手は、戦う力を失って人間の村落に隠れ住んでいるという噂の前魔王ルシアと、たかが一人の元勇者崩れにすぎない。

魔界でも最強の硬度を誇る黒曜石のフルプレートアーマーを纏い、一国を単騎で滅ぼした実績を持つガロアの重装甲親衛隊が、100名も揃っていながら、人間の村を制圧するのに数日もかかるはずがなかった。ましてや、音信不通になるなど、常識では考えられない事態だった。


「まさか……」

一人の幹部が、信じられないといった様子で顔を引き攣らせた。

「あのガロアが、たかが人間の村落で返り討ちにあったとでもいうのか……? いや、いくら何でもそんな馬鹿なことが……!」


「バカなことを言うな!」

別の武闘派幹部が、激昂したように拳でテーブルを叩きつけた。

「ガロアの強さは貴様らも知っているはずだ! あの男の圧倒的な暴力と、親衛隊の重装甲の突撃の前に、人間の村など一瞬でスクラップになるわ! 返り討ちになどあうはずがない!」


「では、なぜ音信不通なのだ! なぜ報告すら送ってこない!」

「それは……もしかすると……」


玉座の間の空気が、急速に凍りついていく。

誰もが口には出さなかったが、心の底で恐れていた最悪の可能性が、全員の脳裏を重く横切っていた。


――もしや、あの村には、人間の王国や、これまでの魔王軍の常識を遥かに超越した「恐るべき死の罠」が張り巡らされているのではないか?


彼らの脳裏に、かつて前魔王ルシアが君臨していた頃の記憶が蘇る。

当時、ルシアは常にのんびりと玉座でミカンを食べているだけで、自分たちは「魔王様は何と恐ろしい底知れぬ力と冷徹な知略を隠し持っているお方なのだ……!」と勝手に勘違いし、恐怖心と畏敬の念を抱いていた。


(そうだ……! あのルシアが、ただの人間の村に無防備に逃げ込むとでも思うか!? いや、違う! あれは周到に計算された罠なのだ……!)

(前魔王は、自分を追放した我が軍を返り討ちにするために、人間の村を隠れ蓑にして恐ろしい古代の禁呪や、精神を破壊する魔導トラップを開発していたに違いない……!)


勘違いと被害妄想は、恐怖を燃料にして猛烈な勢いで膨れ上がっていった。


「そう考えれば辻褄が合う……!」

宰相が青ざめた顔で立ち上がり、冷や汗を拭いながら早口でまくし立てた。

「ガロアほどの猛者が、戦闘の末に敗北したわけではない……! 奴らは村に足を踏み入れた瞬間、あのポンコツ前魔王が仕掛けた『一瞬で精神を蝕み、肉体を骨抜きにする邪悪な洗脳呪術』の罠に嵌められ、気づぬうちに魂を奪われてしまったのだ……!」


「な、なんだと……! 精神を奪う洗脳呪術だと……!?」

「恐ろしい……! なんという残虐で冷酷な罠だ……! さすがは元魔王……我が軍の最強戦力すら、一滴の血も流さずに消し去るとは……ッ!」


彼らは知る由もなかった。

ガロア部隊が音信不通になっている本当の理由は、呪術や洗脳の罠にかかったからなどではなく、村の入り口にあった本格薪サウナと水風呂が気持ちよすぎて全員が「ととのい」、そのままサウナスタッフとして就職して毎日特性ドリンクと豚キムチ丼を美味そうに食っているからなのだが、シリアスに勘違いをこじらせたクーデター派幹部たちにとって、その真実はあまりにも平和すぎて絶対に辿り着けない領域だった。


「どうする、宰相閣下! このままでは、我が軍の威信は完全に失墜する! 最強のガロア部隊が敗北したとなれば、兵士たちの間に出血を伴う動揺が広がり、クーデターで築いたこの新体制が一気に崩壊しかねらん!」


「うむ……!」

宰相は冷や汗を拭いながら、歯をくいしばった。

「こうなっては、迂闊に第二陣の軍勢を送り込むのは危険を伴う……。相手がどのような邪悪な罠や禁呪を使っているのか、まずは徹底的に調査し、その仕組みを暴かなければならん……!」


宰相は周囲の幹部たちを見渡し、重々しく告げた。


「全軍に通達! これより我が新魔王軍は、ガロア部隊失踪の謎を解明するため、王国のはずれにある『魔の廃村』に対する最高機密の特別調査計画を始動する! ……くれぐれも、あの村に近づくときは『精神を破壊する恐ろしい邪法』に警戒せよ!」


「「はっ!!」」


新魔王軍の本隊は、こうして完全な勘違いに基づく恐怖心に突き動かされ、実在しない「恐ろしい罠と邪法」に怯えながら、さらなる迷走の泥沼へと足を踏み入れていくのだった。

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