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42 第9章:魔王軍の崩壊と、新常連ガロア

第9章 第2節


朝日がゆっくりと昇り、村全体を温かな黄金色の光に染め上げていく。

新しく完成した『本格薪サウナ&極上水風呂処』の周辺は、早朝からすでに活気に満ち溢れていた。


前夜に新魔王軍からの脱退と「サウナスタッフへの就任」を高らかに宣言した元・重装甲親衛隊の100名は、早くも朝一番の「朝ウナ(朝サウナ)」をキメていた。

「最高責任サウナハット管理大臣」に任命された副官が、ふかふかに洗い上げられた白樺アロマ香るサウナハットを綺麗に並べ、残りのメンバーは「サウナ薪割り部隊」として、神級の白樺の丸太をリズミカルにパカーン、パカーンと美しく割り続けている。その姿は、かつての一国を震撼させた凶悪な魔王軍の戦士というよりは、世界一意識が高く、かつ勤勉なリゾート施設のプロフェッショナルスタッフそのものだった。


そんな活気あるサウナ小屋の横に設置された特製外気浴スペース――その特等席であるインフィニティチェアに、元魔王ルシアはどっかりと深く腰掛け、ふかふかのポンチョに身を包みながら、朝の心地よいそぜ風を満喫していた。


「ふあぁぁぁ……朝のサウナ上がりの外気浴って、どうしてこんなに体に染みるのかしらねぇ……」


ルシアはうっとりとした目で青空を見上げ、満足げにぐっと伸びをした。

その傍らのサイドテーブルの上には、キンキンに冷えたジョッキに注がれた黄金色の炭酸飲料――「特性ドリンク」が置かれている。昨夜ですっかりその美味さに魅了されて以来、ルシアの水分補給のスタンダードは完全にこの特製ドリンクへとシフトしていた。


そこに、サウナ上がりの爽やかな汗を拭いながら、ポンチョ姿の巨漢がトコトコと歩いてきた。

新魔王軍最強の武闘派将軍から、今やこの村の「サウナマスター兼・総括雑務係」へと華麗なるジョブチェンジを遂げたガロアである。


ガロアはルシアの姿を見つけると、ピタリと足を止め、背筋をピンと伸ばして直立不動の姿勢をとった。かつて魔界の玉座の間で前魔王に対して抱いていた畏怖や、クーデターを起こしたときの不遜な野心などは、あの極上の水風呂と外気浴によってきれいに洗い流され、今や彼の胸にあるのは「我が君主にして、至高のサウナ環境をこの地に導いてくださったルシア様への、絶対的かつ崇高な忠誠心」だけであった。


「ルシア様、おはようございます! 本日の朝サウナのコンディション、室温90度、湿度・アロマの香りともに完璧に調っておりますぞ!」


ガロアはキリッとした表情で報告した。その頭には、副官が丁寧に管理したフカフカのサウナハットが誇らしげに乗っかっている。


ルシアは斜め上からガロアの姿をチラリと見上げ、面倒くさそうに片手をヒラヒラと振った。


「あ、ガロア。お疲れ。……でさ、ちょうどいいところに来たんだけど」

「はっ! 何なりとご命令を!」


ルシアは自分のサイドテーブルの上を指さした。そこには、すっかり空になった特性ドリンクの巨大ジョッキが寂しく置かれていた。


「これ、空になっちゃったわけ。だからさ、ガロア、特性ドリンクおかわり持ってきて。あと、ついでに一口サイズの神級塩昆布もね。」


ごく自然に、かつ圧倒的な「アゴで使う」態度で元部下に命じるルシア。

かつての魔王軍であれば、部下に雑用を命じることなど日常茶飯事だったかもしれないが、今のルシアの動機は「自分で立ち上がって歩いて取りに行くのが、純粋に面倒くさいから」という完全な自堕落エネルギーに基づいていた。


しかし、命令されたガロアの反応は、周囲の想像を遥かに超えていた。


ガロアの顔に、パァァッと太陽のようなまばゆい笑顔が咲き誇ったのだ。


「ははっ!! ただいまお持ちしますルシア様ァッ!!」


ガロアは軍人時代を彷彿とさせるキビキビとした敬礼をビシッと決めると、微塵の迷いも不満もなく、嬉々とした足取りで特設カウンターの厨房へとダッシュしていった。


「おっ、将軍、ルシア様からのおかわり注文ですか?」

厨房で包丁を研いでいたブラッドが声をかける。

「うむ! ルシア様が我が特性ドリンクを所望されておる! 急ぎ最高の一杯を調合せねばならん! 氷の比率はいつもより多め、炭酸の喉越しをシャープに仕上げるぞ!」

「承知いたしました! では私は特製の神級塩昆布を上品に盛り付けましょう!」


カウンターの裏で、元暗殺者と元魔王軍将軍が、最高の特性ドリンクを作るために真剣な眼差しでアイコンタクトを交わし、手際よく作業を進めていく。


その様子を、少し離れた縁側のこたつから眺めていたレオンは、ほうじ茶の湯呑みを傾けながら苦笑いを浮かべた。


「いやはや……ガロアくん、すっかり馴染みすぎてて笑っちゃうね。あんなに威張ってた武闘派将軍が、今じゃすっかりルシア専属のパシリ兼ドリンクサーバーじゃないか」


「ふふん、いいじゃない。私、指示するの好きだし、ガロアは動きが機敏ですごく便利だもの」

ルシアは得意げに鼻をならし、フカフカのクッションに体を預け直した。

「それに、自分で動かなくていい生活って、どうしてこんなに素晴らしいのかしら……。人間界に追放されたときはどうなることかと思ったけど、人生、何が幸いする分からないものねぇ」


「だなー。お陰で俺も、朝からずっとこたつでぬくぬくしながら、薪割りの音をBGMにのんびりできるし最高だわ」


そこへ、ガロアが両手で神々しく捧げ持つようにして、キンキンに冷えた特性ドリンクの特大ジョッキと小皿に乗った神級塩昆布を持って戻ってきた。


「お待たせいたしました! ルシア様! 黄金比率を限界まで追求し、冷たさをキープした特製特性ドリンク、および極上の塩昆布にございます!」


ガロアは両膝を軽く折り、まるでお殿様に献上するかのような完璧な所作でテーブルの上にそれを配置した。


「お、早いじゃん。ありがとね、ガロア」

ルシアはストローをスッとくわえ、特性ドリンクをチュルリと一口吸い込んだ。


――シュワシュワッ……と広がる爽快な甘みと酸味。

「んーーーっ! これこれ! この喉越しよ! ガロア、今日の特性ドリンク、昨日より美味しくなってない?」

「はっ! ありがとうございます! 今朝の神級井戸水の冷たさがいつもより一段と冴え渡っておりましたので、ブレンドのスピードをコンマ秒単位で調整いたしました!」


ガロアは誇らしげに胸を張る。その表情には、雑用を押し付けられた不満など1ミリもなく、「自分の作った飲み物を最高の上司に美味しく飲んでもらえた」という、社会人として最高峰の承認欲求が満たされた者特有の輝きが満ちていた。


「よし、褒美に、あとでサウナの最上段で使える『特別アロマ水のセルフロウリュ権』をあげるわ」

「なっ……!? 本当ですかルシア様! あぁ、光栄の極みであります……っ!」


ガロアは再び深々と頭を下げ、感動に震えながら自分の担当する薪割りの場所へと戻っていった。


その背中を見送りながら、レオンはポツリと呟いた。

「……なんか、この村に来てから、誰も彼もがどんどん『だらだらと労働の喜び(?)』に目覚めていってないか?」

「気のせいよ気のせい。みんなこの村の居心地が良すぎて、脳みそがハッピーになっちゃってるのよ。さ、レオン、次は私たちも朝風呂に行こっか」

「だな。じゃあ、重い腰を上げるとしますか」


元勇者と元魔王は、くだらない会話を交わしながら、どこまでものんびりと、そして贅沢な朝の時間を滑り出していくのだった。

新魔王軍の最強将軍がルシアのアゴ使い一つで喜んで特性ドリンクを運ぶこの平和な光景こそが、いまや世界で最も安定した秩序の形であった。

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