40 第8章:ととのう魔族たち
第8章 第5節
本格薪サウナの90度のアロマ熱波に全身をじっくりと炙り出され、キンキンに冷えた神級井戸水の水風呂で毛穴と血管を急冷され、仕上げに外気浴スペースのインフィニティチェアでそよ風に吹かれながら「ととのいの極地」へと昇り詰めた魔王軍一の武闘派将軍ガロアと、その重装甲親衛隊の100名。
彼らはすでに、かつての殺伐とした魔王軍の戦士としてのプライドを綺麗さっぱり脱ぎ捨て、心身ともにピカピカにリフレッシュされた「極上のリラックス状態」に浸っていた。
「はぁぁぁ……生き返るとはこのことだな……。我が人生において、これほどまでに心が満たされた瞬間があっただろうか……いや、ない(反語)」
ガロアはポンチョの裾を優しく整えながら、すっかり穏やかになった顔で空を見上げていた。
そこへ、サウナ小屋の横に新設された特設お食事処のカウンターから、元気な声が響き渡った。
「お待たせいたしましたー! サウナ上がりの特製水分補給ドリンクの特大ジョッキになりまーす!」
声の主は、元暗殺者にしていまや村の絶対的料理長であるブラッドだ。彼は割烹着の上にサウナハットを被り、両手には黄金色に輝くシュワシュワの炭酸液体がなみなみと注がれた巨大なジョッキを軽々と抱えていた。
「おっ、待ってました!」
ガロアが目を輝かせる。
ブラッドが手渡してくれたジョッキを受け取ると、そこにはキンキンに冷えたグラスの表面に美しい水滴がびっしりと纏わりついていた。
黄金色のドリンクと白い泡のコントラストが、サウナでカラカラに渇いた喉のトーンを最高潮に刺激する。
「これが……噂に聞く『特性ドリンク』か……!」
ガロアだけでなく、100名の親衛隊の兵士たちも全員、それぞれが手渡された巨大ジョッキを両手でしっかりと抱え込んだ。
「よし、野郎ども! 我らが新たな人生の扉を開いたこの聖地と、ブラッド殿の心づくしに敬意を表し……乾杯!」
「「「乾杯ぁぁぁーーーっ!!」」」
100名を超える巨漢の魔族たちが、一斉にジョッキを高々と突き上げ、澄み切った青空の下で盛大に乾杯の音を鳴り響かせた。
そして――。
「いざ……っ!」
ガロアはジョッキを傾け、一気にその喉へと特性ドリンクを流し込んだ。
――ごくっ、ごくっ、ごくっ……ぷはぁっ!!
「な……なんじゃこりゃあぁぁぁーーーっ!?!?」
ガロアの目玉が飛び出さんばかりに見開かれた。
強烈なビタミンと甘酸っぱい炭酸の刺激が、絶妙なミネラル感と完璧な黄金比で混ざり合い、サウナで汗と一緒に体外へ流れ出た水分と塩分を、乾いたスポンジが水を吸うが如き猛烈なスピードで体の隅々へと満たしていく。
「う、旨い……! 旨すぎるぞ……っ!!」
親衛隊の副官も、ジョッキを一息で飲み干すと、天を仰いで絶叫した。
「喉を通った瞬間、胃袋の壁が『ありがとう』と囁いた気がする……! 甘さと酸っぱさのハーモニーが、ととのった脳みそに直接染み渡るぅぅぅーーーっ!!」
「ふふふ、お気に召していただけて何よりでございます」
ブラッドは満足げに包丁を拭いながら微笑んだ。
「特性ドリンクの美味さは、サウナで極限まで追い込まれた肉体があってこそ引き立つもの。さあ、ドリンクで水分とミネラルを補給したなら……本日のメインイベントへ移りましょうか」
ブラッドが指をパチンと鳴らすと、特設カウンターの奥から、言葉を失うほどに香ばしく、食欲を暴力的に刺激する「魔神級の匂い」がふわぁぁぁっと辺り一帯に立ち込めてきた。
ジューーーッ……! と食欲をそそる肉の焼ける音とともに、次々と運ばれてきたのは――。
『激ウマスタミナサ飯(特製・神級豚キムチ丼)』であった。
大ぶりの丼鉢に山盛りにされた、レオンのパッシブスキルによって信じられないほど甘みと旨味が凝縮された神級のお米。その上には、厚切りの神級豚バラ肉がたっぷりのシャキシャキ神級キムチとともに特製ピリ辛ダレで豪快に炒め上げられ、惜しげもなくドカンと盛り付けられている。さらに、その頂点には黄金色の神級温泉卵がトロリと鎮座し、仕上げの刻みネギと白いりゴマが美しく散りばめられていた。
「な、なんだこの圧倒的なまでの……肉とスパイスの暴力は……!」
ガロアの喉仏がゴクリと大きく上下した。
「サウナの後のご飯を『サ飯』と呼ぶのです。汗をかいてミネラルが失われ、胃腸が完全に活性化した状態の体に、このガッツリとしたスタミナ丼を叩き込むことこそが、ととのいの最終完成形にございます」
ブラッドが自信満々に胸を張る。
「くっ……! もう理性が保てん……!」
ガロアは割り箸をパキッと割り、丼の中央にある温泉卵を箸の先で優しく突いた。
――トロリ……と、濃厚な黄身が鮮やかな黄金色の滝となって、ピリ辛の豚キムチとツヤツヤの白米の隙間へと滑らかに染み込んでいく。
「いただくっ……!!」
ガロアは一気に箸を動かし、豚キムチと白米をこれでもかと口いっぱいに放り込んだ。
もぐもぐ……。
――!!!
ガロアの全身が、ビクンと激しく硬直した。
「んぐっ……!? う、旨い……旨すぎるぅぅぅーーーっ!!」
最初に飛び込んできたのは、神級豚バラ肉から溢れ出す極上の脂の甘みだ。続いて、キムチのシャキシャキとした心地よい歯ごたえと、ピリッとしたコクのある辛味が口の中を駆け巡り、それを濃厚な温泉卵のまろやかさが優しく包み込んで一つに調和させる。
そしてベースにあるお米の一粒一粒が、信じられないほどモチモチとしており、タラの旨味を完全に受け止めて極上の旨味の奔流へと昇華させている。
「なんだこれ……! 辛いのに、爽やかで、箸が止まらない……! 豚肉の脂がサウナでスッキリした体に染み込んでいくのが分かる……! これは食事という名の……合法的なドーピングだぁぁぁーーーっ!!」
ガロアの背後で、親衛隊の100名の兵士たちも、すでに言葉を失い、一心不乱に丼をかき込んでいた。
「うめぇ……! うめぇよぉ……!」
「俺はこれまで魔界の荒野で泥水をすすり、硬い干し肉をかじって生きてきた……。だが、本当の「生きる喜び」とは、サウナの後にこの豚キムチ丼を掻き込むことだったんだ……ッ!」
「もう魔王軍には戻れねぇ……! 俺はここで一生、サウナの薪を割りながらこのサ飯を食い続ける人生を送るんだ……ッ!」
あちこちから、感動の涙を流しながらガツガツと丼を平らげる魔族たちの幸せそうな咀嚼音が響き渡る。
少し離れた縁側では、その様子をこたつの中からぼんやりと眺めていたレオンとルシアが、まったりとお茶を啜っていた。
「いやあ、ガロアくんたち、すっかり村に馴染んだねえ」
ルシアが満足そうにミカンの皮をむきながら笑う。
「ほんとだよ。最初はどうなることかと思ったけど、サウナと特性ドリンクと豚キムチ丼の前には、どんな侵略者も一網打尽ってわけだ」
レオンもフッと笑い、温かいお茶を口に含んだ。
「ブラッドの料理の腕も、なんかもう神域に達してるし……。私、この村から一歩も出たくない病がさらに悪化しそう……」
「いいじゃん、出なくて。ずっとこうしてだらだらしていようぜ」
西の空が、夕焼けの茜色から深い群青色へと移り変わっていく。
しかし、新しく完成した『本格薪サウナ&極上水風呂処』の周囲だけは、心地よい熱気と、特性ドリンクを掲げる魔族たちの笑い声、そして最高級のサ飯の香ばしい匂いに包まれ、いつまでも温かな活気に満ち溢れていた。
元魔王軍一の武闘派将軍ガロアとその親衛隊100名は、こうしてサウナ・水風呂・特性ドリンク・豚キムチ丼の「完璧な4段コンボ」の前に、肉体的にも精神的にも完全に、そして永遠に「完ち(かんち)」を果たし、この世界で最も平和なスローライフの熱烈な信徒となったのだった。




