04 第1章:クビになった勇者と、クーデターに遭った魔王
第1章 第4節
魔王城を追放された前魔王ルシアは、人里離れた荒野をトボトボと歩いていた。
「あー……お腹すいた。喉かわいた。足痛い……。追放されたのは最高に清々しかったけど、外の世界ってこんなに過酷なわけ!?」
魔王城にいた頃は、座っているだけで極上の料理や酒が運ばれてきた。だが今の彼女は、城を追い出されたただの「無一文の無職魔王」である。手に持っているのは、城から持ち出した愛用の安らぎクッションと、途中で拾った曲がりくねった木の枝だけだった。
「だいたいさぁ! ガルドルたちの奴ら、私を追い出すにしても少しは手切れ金とか路銀を渡すのが筋でしょ!? 無一文で野に放つとか、コンプライアンスどうなってんのよあの魔王軍!」
風に銀髪をなびかせながら、ルシアはプンプンと怒りを露わにする。しかし、怒ったところで空腹が満たされるわけではない。グゥと情けない腹の虫が鳴り響き、ルシアはがっくりと膝をついた。
「このままじゃ、世界征服どころか路上で餓死する……。なんとかして生活拠点を手に入れないと。……そうだ!」
ルシアの真っ赤な瞳に、邪悪(と本人は思っている)な閃きが走った。
「あのイキった若手幹部どもを見返してやる方法があるじゃん! 人間の『勇者』とかいう奴を叩きのめして、その首を魔王城に投げつけてやるのよ! 『ほら、お前たちが苦戦してる勇者を私が一瞬で倒してやったわよ!』ってドヤ顔してやれば、奴ら青ざめて土下座するに違いないわ! ついでに手伝いとして美味しいご飯を終身保証させれば完璧!」
現金かつ都合のいい取らぬ狸の皮算用を立てたルシアは、自慢の強力な魔導探知を発動させた。
勇者といえば、凄まじい威圧感と黄金に輝く神聖なオーラを纏っているはずだ。この広大な大地の中から、最も強大なエネルギーを放出している存在を探せばいい。
「ふふん、魔王の全盛期の探知能力を舐めないでよね……! さて、勇者はどこに……ん?」
探知スキルを展開したルシアは、眉をひそめた。
遥か遠く、人里から完全に孤立した山奥の廃村らしき場所から、妙な「波動」を感じ取ったのだ。
強大な魔力……ではない。恐ろしい殺気……でもない。
なんというか、異常なまでに「濃密な脱力感」と「不気味なほどの平和オーラ」が、その一点からドロドロと溢れ出しているのだ。
「な、なにこれ……!? この生命の危機を一切感じさせない、ねっとりとした『だらけ波動』は……!? まさか、勇者が正体を隠すために凄まじい封印術を使っているの……!?」
ルシアは勘違いした。あまりにも異質なその波動の主こそが、探し求める「勇者」に違いないと確信したのだ。
「待ってなさい勇者! この元魔王ルシア様が、一瞬でアンタを葬り去ってやるわ!」
息巻いたルシアは、一足飛びに空を駆け(元魔王なので基本的な戦闘スペックは異常に高い)、波動の源である荒れ果てた農村へと降り立った。
静まり返った村。崩れかけた家々。雑草が生い茂る路地。
ルシアは気配を殺し、爪を鋭く研ぎ澄ませながら、村の奥深くへと潜入した。まるで獲物を狙う一匹の肉食獣のように、音もなく足を進める。
(くっ……この村、入った瞬間からなんか妙に居心地が良いんだけど何事!? 風が気持ち良すぎるし、空気が美味しい……! だめよルシア、騙されちゃダメ! これは勇者の領域結界よ!)
警戒心を極限まで高めたルシアは、村の中で一番大きな古民家の庭先に辿り着いた。
波動の源は、間違いなくこの家の中……いや、あの「縁側」だ!
ルシアは一気に踏み込み、襲いかかる体制を整えた。
「覚悟しなさい勇者ぁぁぁぁーーーっ!!」
鋭い叫びとともに庭へ躍り出たルシア。しかし、彼女の視界に飛び込んできたのは、あまりにも予想外すぎる光景だった。
ぽかぽかと暖かい太陽の光が降り注ぐ縁側。
そこに、一人の青年の姿があった。
ボロボロの布服を着たその青年は、仰向けになって盛大にいびきをかいていた。
「……ふぅ……ごにゃ……むにゃ……あと五分……」
よだれを垂らし、完全に警戒心ゼロで熟睡している。
その横には、無造作に投げ捨てられたボロボロの銅の剣。
ルシアは空中で姿勢を崩し、盛大にズッコケそうになった。
「な……なんじゃそりゃぁぁぁぁぁーーーっ!?」
地面に着地したルシアは、指をさしながら目の前の青年――レオンを凝視した。
「えっ……? なにこれ……何なのこの生き物!? 勇者……なの? これが噂の、魔王軍を脅かす人類最強の勇者なの……!?」
殺気満々で乗り込んできたルシアだったが、目の前のレオンからは殺気どころか、生気すら怪しいレベルの脱力感が漂っていた。あまりにも無防備、あまりにも無警戒。いまルシアが指先から小さな火の玉を撃ち込めば、一秒で灰になるだろう。
「ち、違うわよね……? 勇者っていうのは、もっとこう……全身から黄金の覇気をメラメラと放ってて、『悪は許さん!』みたいな熱血漢で、ギラギラした目をしてるはずでしょ!? なんでこの男、口から泡吹いて寝てんのよ!?」
ルシアは頭を抱えた。
しかし、念のために探知魔法で彼の魂の波長を解析してみる。
(名前:レオン。職業:勇者……って、マジで勇者じゃん!!)
「本物だわ……! 本物の勇者だわこの男!!」
ルシアはゴクリと唾を呑み込んだ。
いま目の前で無防備に寝ているこの男を倒せば、自分は魔王軍への最高の手土産を手に入れることができる。無一文の極貧生活からも脱却できるのだ。
ルシアは静かに右手に魔力を込めた。禍々しい漆黒の爪が伸び、レオンの喉元を狙う。
「ふ、ふふふ……油断したわね勇者! 寝ている間に首を刈り取って……」
ルシアが爪を振り上げ、レオンへ向けて振り下ろそうとしたその瞬間――。
「んぁ……? なんか眩しいな……」
レオンがパチリと目を覚ました。
そして、目の前で禍々しい爪を振り上げ、般若のような恐ろしい顔で自分を見下ろしている銀髪の美少女――ルシアと、バッチリ目が合った。
「…………」
「…………」
気まずい沈黙が、ぽかぽかとした陽気の中の縁側に流れる。
普通であれば、ここで勇者は叫び声を上げて剣を取り、魔王は爪を突き立てて戦闘が始まるはずだった。
だが、数ヶ月にわたる激務から解放され、せっかくの昼寝を邪魔されたレオンの第一声は、拍子抜けするほど間抜けで、そしてあまりにもマイペースなものだった。
「……あのさ、君。人の家(仮)の庭で大声出さないでくれる? 今、すごく良い夢見てたんだけど」
「は……? い、家(仮)……? 大声……!?」
ルシアは呆気に取られて爪を止めた。
殺意満々の魔王を目の前にして、この男、逃げるどころか「昼寝の邪魔をされたこと」に対してクレームをつけているのだ。
ここに、世界を脅かすはずだった元魔王と、世界を救うはずだった元勇者の、あまりにも不毛で理不尽なファーストコンタクトが成立したのだった。




