35 第7章:新魔王軍の刺客、武闘派将軍ガロア
第7章 第5節。
村の入り口に押し寄せたはずの、新魔王軍最強の武闘派将軍ガロア率いる重装甲親衛隊100名。
彼らは、村全体に漂うルシアの『全戦意蒸発』の圧倒的な波動と、レオンが築き上げた至高の「だらだらフィールド」の直撃を受け、血気盛んな殺気や戦闘意欲をきれいさっぱりと蒸発させられていた。
「ふぁぁぁ……なんかもう、戦うとかどうでもよくないか……」
「日向が気持ちよすぎる……。このままここで永眠したい……」
鋼鉄の黒曜石アーマーを纏った屈強な魔族の兵士たちが、武器を放り出してあちこちにゴロゴロと寝そべり、日向ぼっこを楽しんでいる。
その中心で、巨大斧を引きずったガロアもまた、巨体を地面に預けて「うーん……」と気だるげに欠伸を噛み殺していた。
そこへ、サウナ上がりの爽やかなタオルを首にかけた元勇者レオンが、のっそりと歩いてやってきた。
「おや、こんにちは」
レオンが声をかけると、ガロアはハッと気だるげに顔を上げた。
「ん……? お前は……噂の元勇者レオンか……!」
ガロアは魔王軍の将軍としての最後のプライドと威厳をかき集め、どうにか身体を起こそうとした。しかし、全身の筋肉はすっかりリラックスしきっており、立ち上がるどころか、まるで温泉に入った後のように体から力が抜けている。
「おう、いらっしゃい。遠いところからわざわざご苦労様。長旅で疲れてるでしょ?」
レオンは全く敵意のない、むしろ近所のおじさんのような穏やかな笑みを浮かべながら、ガロアの巨体を見下ろした。
「疲れてるって……我々は貴様らの首を取りに来た魔王軍の……!」
「まあまあ、そんな硬いこと言いっこなしだって。それにしてもさ、その全身の重そうな黒い鎧、めちゃくちゃ暑苦しくない? 遠くから歩いてきて、汗だくじゃないか」
指摘されて、ガロアはハッとした。
確かに、魔界の最高級鉱石で作られた重装甲フルプレートアーマーは防御力抜群だが、長距離の行軍には不向きであり、しかも村に到着してからの謎の気だるさと相まって、内部はサウナ状態のようにムシムシと蒸れていた。全身から嫌な汗がじっとりと吹き出している。
「ふ、ふん……! 我が重装甲は我が身を護る誇り高き――」
「汗をそのままにしておくと風邪ひくよ。ちょうどいいや、さっき俺とルシアで作ったばかりの『本格薪サウナ』があるんだ。中でしっかり汗を流していきなよ」
「……さうな?」
ガロアは初めて聞く単語に首を傾げた。
「そう。熱々の木造の部屋で限界まで汗をかいて、隣のキンキンに冷えた水風呂にドブンと飛び込むと、脳みそがトロトロになって嫌なこと全部忘れる最高の施設なのよ。お代はいいから、無料開放してあげる。ほら、みんなも動けなくなってるし、すっきりしていきなよ」
レオンがあまりにも自然に、そして親切にそう勧めてくるものだから、ガロアは激しく戸惑った。
(な、なんだこの男は……? 我々は敵なのだぞ? なぜ殺し合いをしようとしている相手に、わざわざ風呂やサウナを勧めてくるんだ……? もしかして、これは我々を油断させるための高度な心理作戦……!? いや、しかし、この圧倒的なまでの自然体のマイペースさは……!)
ガロアの脳内で激しい葛藤が渦巻く。
しかし、肉体はすでに『全戦意蒸発』の沼にどっぷりと浸かっており、「とにかくこの熱くて重い鎧を脱ぎ捨てて、さっぱりしたい」という本能的な欲求が勝り始めていた。
しかも、周囲を見渡せば、自分の部下である親衛隊の兵士たちも、すでに村の住民たちから「お茶どうぞー」「おせんべい美味しいよー」と勧められ、すっかり牙を抜かれてのほほんとお茶を啜っている。今さら自分一人だけが「戦闘だ! 討伐だ!」と気負い立っても、完全に空気が浮いてしまうのは明白だった。
(くっ……! ここで無理に戦いを挑んでも、我が軍の威厳は完全に失墜する……!)
ガロアは男としての、そして魔王軍将軍としての猛烈なプライドを奮い立たせた。
(よろしい! ならば受けて立とう! あの人間が作ったという『さうな』とやらにな! 堂々とその熱さに耐え抜き、「魔王軍の将軍にとって、こんな熱気など児戯に等しい!」と見せつけてやれば、我が威厳は保たれるはずだ……!)
「ふっ……いいだろう、元勇者レオン!」
ガロアはドスンと立ち上がると、野太い声を張り上げた。
「貴様のその厚意、受けてやろうではないか! ただし、我が魔王軍の誇りにかけて、この『さうな』とやらの熱さの限界を突破し、微動だにせず涼しい顔で耐えてみせるわ!」
「お、おう、意気込みはすごいね。じゃあ、服は全部脱いで、タオル一枚になってから入ってね。あ、水分補給もしっかりね」
「ふん、衣服など我が肉体の前には飾りよ!」
ガロアは威厳を保つため、周囲の視線も気にせず、その場でジャリメキと音を立てながら全身の重厚な黒曜石アーマーと衣服を脱ぎ捨て、見事なまでに鍛え上げられた赤黒い筋肉の巨体――誇り高き「裸の魔王軍将軍」の姿へと変貌を遂げた。
「よし、案内しろ!」
ガロアは腕を組み、胸を張ってレオンに続いた。
部下たちが見守る中、魔王軍一の武闘派将軍ガロアは、自らの威厳とプライドを賭けて、伝説の『本格薪サウナ』の扉へと足を踏み入れていくのだった。
その先に待っているのが、彼の人生観を根本から破壊する「極楽のととのい地獄」であることなど、この時のガロアはまだ知る由もなかった。




