33 第7章:新魔王軍の刺客、武闘派将軍ガロア
第7章 第3節
新魔王軍の最強武闘派将軍ガロアが、漆黒の重装甲親衛隊を引き連れて血走った眼で農村への進軍を開始していたその頃。
王国のはずれに位置し、いまや世界で最も平和で贅沢な特区へと変貌を遂げたその村の入り口では、歴史の新たな1ページを刻む(かもしれない)大事業がひっそりと、しかし盛大に完結を迎えようとしていていた。
古民家の一角、以前から「なんだかこの辺りの空気は妙に心地いいな」とレオンが目を付けていた絶好のスペースに、新しく建てられた木造の頑丈な小屋があった。
入り口の横には、ブラッドが綺麗に削り出したヒノキの板に、レオンが相変わらずの適当な筆跡でこう書き記した看板が掲げられている。
『本格薪サウナ&極上水風呂処(お試し寝転び可)』
そう、これこそが、日夜だらだらと極楽のスローライフを追求する元勇者レオンが、「温泉とこたつだけでは、まだ人間の快楽の引き出しに物足りない部分があるのではないか」という謎の使命感(と、単に自分がめちゃくちゃ汗をかいてスッキリしたいという欲望)に基づいて突貫工事で作り上げた、村の最新アミューズメント施設であった。
「ふぅ……よし、これで大体完成、っと」
サウナ小屋の前に立ったレオンは、タオルを首にかけ、額の汗をぬぐいながら自分の作った傑作を見上げて満足げに頷いた。
このサウナ小屋、ただの木造建築ではない。レオンのパッシブスキル『最高環境創出』の魔力が隅々まで染み込んでおり、内部の薪ストーブは一度火をくべれば、どんなに不慣れな素人が薪を突っ込んでも絶対に火が消えず、一瞬で室温を完璧な90度に保ち続けるという超高性能チート仕様となっている。
さらに、そのサウナ小屋のすぐ隣には、レオンの掘り当てた神級井戸水が贅沢にかけ流しで注ぎ込まれる、極上の「水風呂」が設置されていた。
水面は鏡のように周囲の木々を映し出し、湧き出たばかりの水はキンキンに冷えているにもかかわらず、肌を刺すようなトゲトゲしさが一切なく、まるでシルクのヴェールのように柔らかく体を包み込んでくれる奇跡の水質を誇っている。
「レオン様! サウナの仕込み、完璧に整いましたぞ!」
割烹着の上にサウナ用タオルを肩からかけたブラッドが、小走りでやってきた。その顔は、新しい施設が完成したことへの職人としての誇りと興奮で輝いている。
「おっ、ブラッド、お疲れ。薪の調達はどうだった?」
「はい! 近隣の農民たちが『レオン様が新しい極楽施設を作られるなら!』と、神級の山で育った最高品質の白樺の薪を山のように寄付してくれました。火をつければ、室内に最高の香ばしいアロマが広がる仕様にございます!」
「さすが農民たち、仕事が早いな。よし、じゃあ早速、一番風呂ならぬ『一番サウナ』を試してみるか」
レオンがそう言ってサウナの扉を開けようとした時、居間の方からモゾモゾとポンコツの影がやってきた。
特製こたつから半分這い出るようにしてやってきた元魔王ルシアである。彼女は頭に可愛らしい手ぬぐいを巻き、手にはキンキンに冷えたフルーツ牛乳を持っていた。
「ねえレオン、なんか新しい小屋を作ってる音がしてたけど、何あれ? 新しいお昼寝スポット?」
「お、ルシア。いいタイミングで来たな。これはな、ただのお昼寝どころじゃないぜ。『サウナ』っていう、人間界の文明が到達した最高の発汗トランス施設さ」
「はっかん……とらんす?」
ルシアは首をかしげた。
「そう。熱々の部屋で限界まで汗をかいた後、あのキンキンに冷えた水風呂にドブンと飛び込んで、最後に外気浴で風に吹かれると……脳みそがトロトロに溶けて、宇宙の真理が見えるらしいんだよ」
「なにそれ、めちゃくちゃ怪しいけど……気持ちよさそう!」
ルシアの目は、美味しいものや新しい怠惰の手段を聞いた時特有の輝きを帯びた。
「私も入る! 私、魔王時代は常に玉座で汗をかかずに涼しい顔をして生きてきたけど、今の私なら汗を流す快感も理解できる気がする!」
「お、いいねぇ。じゃあ、まずは俺とルシアで最初の試運転をしてみるか。ブラッド、番頭よろしくな」
「はっ! お任せくださいレオン様! サウナ上がりの特製ドリンクもすでにキンキンに冷やしてスタンバイしております!」
「おお、さすがブラッド、話が分かる!」
レオンとルシアは、期待に胸を膨らませながら、新しく完成した『本格薪サウナ』の扉をガラリと開けて中へと足を踏み入れた。
モワッと押し寄せる、心地よい木の香りと、肌を優しく包み込むような完璧な熱気。
「うわぁ……これ、入った瞬間からすでに温かくて気持ちいい……!」
ルシアはサウナマットの上にちょこんと座り、早くもトロッとした表情を浮かべる。
「だろ? このストーブ、火力が安定しすぎててマジで最高なんだよ。さてと、じゃあじっくり蒸されるとしますか」
レオンがサウナ室の隅に腰を下ろし、二人で並んでじっと汗が吹き出すのを待ち始めた、その時――。
村の入り口の方から、ゴゴゴゴゴ……と大地を揺るがすような、不穏で重苦しい足音が響いてきた。
「ん……? なんか外が騒がしくないか?」
レオンが耳を澄ませる。
「む……この殺気と足音は……」
ルシアは眉をひそめ、サウナの窓から外を覗き見た。
村の入り口には、まさに今、漆黒の重装甲を纏った魔王軍一の武闘派将軍ガロアと、その親衛隊100名が、怒号を上げながら侵入してこようとしている姿がハッキリと見えていた。
「あっ。なんか、めっちゃ気合の入ったトゲトゲしい人たちが来たよ、レオン」
ルシアは冷めた目で窓の外を指さしながら、スッとサウナの熱に戻った。
「あー……せっかくサウナに入ろうと思ったのに、面倒くさいお客さんだなー」
レオンは深く溜息をつき、タオルで汗を拭うと、「ちょっと外の様子見てくるわ」と立ち上がるのであった。




