31 第7章:新魔王軍の刺客、武闘派将軍ガロア
第7章 第1節
魔王城の冷え切った玉座の間。
かつて絶対的なカリスマと強大な力で魔界のすべてを統べていた魔王ルシアが追放され、その座を武力と恐怖によって乗っ取ったクーデター派の幹部たちは、日夜、頭を悩ませていた。
「どういうことだ……! なぜ、我が軍の補給物資が次々と行方不明になるのだ!」
「前線基地からの連絡も途絶えている! 兵士たちは訓練をサボり、最近では城の周りでゴロゴロと昼寝をする者が続出しているぞ……!」
玉座の間に響き渡るのは、新リーダーである強硬派の魔族幹部たちの苛立ちに満ちた怒声だった。
ルシアを「威厳がない」「人間を滅ぼす気がないポンコツ」と罵り、自分たちこそが効率的で冷酷な魔王軍を作り上げると息巻いてクーデターを成功させたはずだった。しかし、現実はどうだ。ルシアが去った後の魔王軍は、なぜか組織としての緊張感を急速に失い、まるで崩壊する砂の城のようにじわじわと弱体化していたのである。
彼らは気づいていなかった。ルシアという存在が、その自堕落なポンコツぶりとは裏腹に、パッシブスキル『全戦意蒸発』のオーラによって魔王軍全体の過激な内紛や無意味な殺し合いを無意識に抑え込む「絶対的な安定剤」として機能していたという残酷な真実を。そのデバフ(抑止力)が消え去ったことで、魔族たちは勝手に自滅の道を歩み始めていたのだ。
「まったく……あのポンコツめ。追放して正解だったはずなのに、いまだに我が軍に悪影響を及ぼしているとはな」
一人の幹部が吐き捨てるように言った時、影から一人の情報担当の魔族が冷や汗を流しながら這い出てきた。
「はっ、報告いたします……! 行方不明になっていた補給物資や、逃亡した兵士たちの行方について、極秘裏に調査を進めていたのですが……ついに、その居所が判明いたしました!」
「なに? どこだ、人間の王国にでも潜伏しているのか?」
情報担当の魔族は、恐怖に引き攣った顔でこう告げた。
「い、いえ……王都でも人間どもの城でもありません。王国のはずれにある、地図にも載っていない名もなき『廃村』でございます。そして……なんと、そこにいるのは……!」
「もったいぶらずにさっさと言え!」
「……前魔王ルシア様でございます!」
「――なっ……なんだと!?」
玉座の間に、どよめきが走った。
「ルシアが生きてだと? しかも、人間の村に隠れ住んでいるだと?」
「ふん、哀れなものだな。人間に追われ、怯えながら隠れ暮らしているというわけか」
しかし、情報担当は首を激しく横に振った。
「い、いえ、それが……隠れてコソコソしているどころか、その村で『元勇者』なる人間と一緒に、毎日こたつに包まりながらミカンを食べ、温泉に浸かって、だらだらと極楽のスローライフを満喫しているというのです……!」
「……は……?」
幹部たちは我が耳を疑った。
前魔王が人間とつるみ、温泉やこたつでだらだらと暮らしている? 魔族の誇りも、魔王としての威厳も、すべてを投げ捨てて完全に堕落しきっているというその報告は、彼らのプライドを激しく逆撫でにした。
「ふざけるな……! 我々が血を流して新しい魔王軍の基盤を作ろうと苦心しているというのに、あのポンコツ女は人間の村で平和にイチャついているだと……!」
一人の武闘派の幹部が、怒りにまかせて拳で玉座のひじ掛けを粉々に打ち砕いた。
「許さん……! 許すわけにはいかん!」
彼は立ち上がり、殺気を剥き出しにして叫んだ。
「もしあの女が生きていると知れれば、我が軍の兵士たちの士気は完全に地に落ちる! 『前魔王は気楽に暮らしているのに、なぜ我々はこんな過酷な思いをしなければならないのか』と、クーデターの正当性がすべて揺らぐわ!」
他の幹部たちも、次々と険しい顔で同調した。
「そうだ……! あの女を生かしておいてはならん。裏切り者として処刑し、その首を我が軍の前に晒すのだ!」
「よし、誰を向かわせる?」
「ここは、我が軍最強の武闘派将軍を派遣しよう。奴の首をねじ切って持ち帰らせるのに、これ以上の適任はいない」
新魔王軍のクーデター派幹部たちは、自分たちがこれから向かおうとしている場所が、いかに恐るべき「魔王軍の墓場(極楽の沼)」であるかなど露知らず、「前魔王の首を持ち帰る」という血気盛んな野心を胸に、最悪の進軍計画を動き出させるのだった。




