27 第6章:だらだら村の平和な日常
第6章 第2節
ボロボロの服を纏い、痩せこけた体でリアカーを引いてやってきた数十人の農民たち。彼らは村の入り口で一斉に泥の上に平伏し、涙ながらに必死の直訴を続けていた。
「お願いです、レオン様! ルシア様! 俺たちの村はもう作物が育たず、水すら腐っていて、このままでは冬を越せずに全員餓死してしまいます!」
「どんな過酷な労働でも耐えてみせます! 毎日朝から晩まで血を吐く思いで畑を耕し、薪を割り、お二方への年貢もお納めいたします! ですから……どうかこの村の端っこで暮らすことをお許しください!!」
先頭に立つ若い農夫トマスを筆頭に、農民たちは何度も何度も額を地面に叩きつけていた。
彼らにしてみれば、これは文字通り命を懸けた最後の賭けだった。元勇者と元魔王という、雲の上の存在にして規格外の力を持つ者たちのもとへ押し掛けたのだ。最悪の場合、一瞬で消し飛ばされるか、冷たく追い払われることも覚悟していた。だからこそ、「どんな辛い労働でもする」「年貢も納める」と自らを奴隷のように差し出すことで、なんとか慈悲を乞おうとしていたのである。
しかし――。
ぼんやりと眺めていたレオンの反応は、農民たちの予想とは完全に明後日の方向へとズレていた。
「……えぇー……」
レオンは心底面倒くさそうな顔を浮かべ、ポリポリと頭を掻いた。
「なんかさ……『過酷な労働』とか『血を吐く思いで』とか『年貢』とか、聞き捨てならない物騒なワードがポンポン飛び出してくるんだけど……」
隣で同じようにこたつから首だけを出していた元魔王ルシアも、うへぇという表情で眉をひそめた。
「ほんとよ……聞いてるだけでこっちの胃が重くなってくるわ。なんでそんなに暑苦しいのよ。労働? 年貢? そんなのこの村の辞書には存在しない概念じゃない」
二人にとって、「頑張る」「働く」「指導する」といった言葉は、蕁麻疹が出るほど嫌悪すべき対象だった。
「あのさ、トマス君だっけ?」
レオンは溜息をつきながら、縁側からだるそうに農民たちへ声をかけた。
「は、はいっ! トマスと申します、レオン様!」
トマスは身体を破裂しそうなほど緊張させ、ピシッと背筋を伸ばした。ついに自分たちに対する処分や、厳しい課役の命が下されるのだと固唾をのむ。
「まずね、そんな固い言い方しなくていいよ。それと『指導してくれ』とか『開拓を指揮してくれ』とか言われてもさ……俺、誰かを指導するのとかめちゃくちゃ苦手なんだよね。計画を立てるのも面倒だし、朝早く起きて巡回するとか絶対に無理だから」
「へ……? あ、朝の巡回が……無理……?」
トマスは拍子抜けして目を白黒させた。開拓指導者や領主といえば、朝から晩まで農民を監視し、ノルマを課して鞭を振るうような厳格な存在だと思っていたからだ。
「そうそう。あと『年貢』とかも要らないからね。俺、お金とか穀物の管理をするのもめんどくさいし。第一、俺たち三人で食べる分なら、そこらの畑と山で勝手に神級食材が無限に採れるから、君たちから徴収する必要が全くないんだよ」
「ね、ねんぐが……要らない……!?」
農民たちの間にざわめきが広がった。土地を借りて暮らす以上、年貢を取られないなどという話は、この世界の歴史上一度たりとも聞いたことがなかった。
「要するにだ」
レオンはほうじ茶を一口啜り、トロンとした目で農民たちを見据えた。
「開拓の許可とか、村の発展の計画とか、そういう難しいことは俺に一切期待しないで。俺は今日も明日も来年も、このこたつの中でだらだらミカンを食べてたいだけだから」
「ぜ、全員放置……ということでございましょうか……!?」
トマスが信じられないといった様子で声を震わせる。
「うん、放置放置。勝手に空いてる土地を使っていいよ。村の奥のあっちの方とか、日当たりも良いし土地もだだっ広いから、好きな場所に勝手に家でも建てて、勝手に畑でも作って暮らして。俺たちに迷惑さえかけなきゃ、何やってくれても構わないからさ」
「か、勝手に空いてる土地を使っていい……!?」
農民たちは言葉を失い、お互いの顔を見合わせつぎつぎに絶句した。
なんという寛大さ……いや、なんという圧倒的なまでの「放任主義」だろうか。
彼らが覚悟していた過酷な年貢も、奴隷のような強制労働も、厳しい管理も一切存在しない。「勝手に生きていい」という、信じられないほどの自由が提示されたのだ。
「あ、でも一つだけ絶対守ってほしいルールがある」
レオンが少しだけ真面目な顔をして付け加えた。
農民たちはごくりと唾を飲み込んだ。やはり、何か恐ろしい制約があるのかと身を構える。
「俺たちの『だらだらスローライフ』を邪魔しないこと。朝早くから騒がしく大声を出したり、俺の家にノックなしで押し掛けて難しそうな相談をしてきたりするのはナシね。困ったことがあっても、基本的には自分たちでテキパキ解決して。俺に『どうしたらいいですか?』って聞きに来ても『自分で考えて』としか言わないから」
「そ、それだけで……よろしいのですか……!?」
トマスは感涙にむせびながら叫んだ。
「うん、それだけ。じゃ、そういうことだから。みんな自由にやってー」
レオンはそう言い捨てると、満足そうに「ふぅ」と息を吐き、再びこたつの温もりの中へと吸い込まれていった。
「言っとくけど、私にも話しかけないでねー。ミカン剥くのに忙しいからー」
ルシアも追随するようにクッションへ突っ伏し、ポンコツモードへと復帰した。
残された農民たちは、あまりの呆気なさと、それ以上に怒涛のように押し寄せてきた「解放感」に打ち震えていた。
「聞いたか……? 空いている土地を、好きに使っていいとおっしゃったぞ……!」
「年貢も要らない……労働の強制もない……!」
「なんてお優しいお方なんだ……! 神様だ、レオン様は生き神様だ……!!」
農民たちはレオンのただの「面倒くさがりによる放置宣言」を、都合よく「慈悲深き神のごとき寛大さ」と超解釈し、再び涙を流しながら縁側に向かって何度も拝み始めた。
その様子を、台所からお茶のおかわりを持って出てきたブラッドが、呆れ顔で見守っていた。
「やれやれ……レオン様はただ本当に『指導や管理が面倒なだけ』なのですがね。まあ、あの様子なら無用な騒ぎを起こすこともなさそうですな」
ブラッドはトマスたちに近づくと、静かに声をかけた。
「おい、お前たち」
「ひっ……! は、はいっ!」
トマスたちは元暗殺者の鋭い眼光(本人は普通に見ているつもり)にビクリと肩をすくめた。
「レオン様のお言葉通り、あちらの空き地を好きに使うといい。ただし、レオン様のお休みの邪魔を少しでもしてみろ……この『特製うどん用麺切り包丁』の錆にしてくれるからな」
「は、はいぃぃぃっ! 絶対に静かにいたします! レオン様の安眠は何があっても死守いたします!!」
トマスたちは脱兎のごとく頭を下げると、レオンから指指された村の奥の広大な空き地へと、リアカーを押しながらウキウキとした足取りで向かっていった。
◇◆◇
こうして、指導も計画も管理も一切存在しない、前代未聞の「完全放置型開拓」がスタートした。
農民たちが村の奥の空き地に足を踏み入れた瞬間、再び驚愕の奇跡が彼らを襲うことになった。
「な、なんだこの土は……! 握っただけで、手にしっとりと吸い付くような……信じられないほど豊かな土壌だぞ!?」
「鍬を入れてみろ! まるで豆腐を切るみたいにサクサク耕せるぞ!」
それもそのはずである。
レオンが「あの辺の空き地を使っていいよ」と指をさした瞬間、彼のパッシブスキル『最高環境創出』が作動し、農民たちが生活する予定の土地全体へ「レオンが不快な騒音や悲鳴を聞かずに済むよう、農民たちが一切苦労せず最高にスムーズに作物を育てられる超・開拓環境」へと自動補正がかかったのだ。
土は耕さずとも柔らかく肥え、雑草は自ら退散し、近くの川からは神級の名水が勝手に引き込まれていく。
「う、嘘だろ……!? 種を蒔いたそばから、もう芽が出てきてるぞ!?」
「こんなの……奇跡だ……! レオン様が……レオン様がこの土地に祝福をかけてくださったんだ!!」
農民たちは感動のあまり、作業をしながら全員でレオンの住む古民家の方角に向かって感謝の祈りを捧げ始めた。
一方、その頃のレオンはというと――。
「あー……なんか遠くで農民の人たちが盛り上がってる気がするけど、まあ静かにやってくれてるからいっか」
「そうねー。ブラッドー、お腹空いたから焼き芋追加で焼いてー」
「かしこまりましたルシア様! すぐに神級サツマイモをお焼きいたします!」
自分の一言とパッシブスキルが、またしても一つの集落を劇的に救い、神のごとく崇め奉られる原因になっていることなど露知らず。
レオンは今日も今日とて、温かなこたつの中で、最高に無責任で自堕落な時間を貪り続けるのだった。




