20 第4章:残された勇者パーティの変異
第4章 第5節
王国最強のパーティーである剣聖レイガーと聖女マリアが、深層ダンジョンで世界本来の容赦ない重力とハードモードの環境に叩きのめされ、必死の言い訳と現実逃避の闇に沈んでいたその頃。
王都から遠く離れた、地図の端にも載っていない名もなき片田舎の廃村――いまや「世界で最も居心地の良い極楽特区」へと変貌を遂げた古民家の居間では、全く別の意味で歴史的な(そして人類の尊厳を完全に投げ捨てた)大決戦が繰り広げられていた。
「よし、ルシア。ルールをもう一度確認するぞ。制限時間は夕暮れまで。一歩でもこたつから上半身を完全に乗り出したり、床に足をつけたりしたらその時点で失格。その間に、こたつの上に置かれたミカンの山をどちらがより優雅に、より効率よく、かつ無駄な動作をせずに食べ続けられるか……名づけて、『第1回・だらだら耐久ミカン早食い(に非ず、省エネ優雅摂取)選手権』だ!」
こたつの枠にすっぽりと下半身を潜り込ませ、上半身だけをモフモフの掛け布団からひょっこりと出た状態で、元勇者レオンが真剣な顔つきで宣言した。その目の前には、近所の農民たちが「いつも村を平和にしてくれてありがとうございます」とこっそり置いていってくれた、糖度抜群の極上ミカンが山のように積み上げられている。
向かい側に座る元魔王ルシアもまた、こたつの温かさに全身をトロトロに溶かしながら、気合十分の(しかし目は全く据わっていない)表情で親指を立てた。
「受けて立つわよ、レオン! 私を誰だと思ってるの。魔王時代、玉座から一歩も動かずに全軍を指揮し続けた、世界最高峰の『動かない系女子』よ! ミカンの皮剥きごとき、この超省エネスキルで完璧に攻略して見せるわ!」
二人の背後では、元暗殺者にして現在はうどんの仕込み担当となったブラッドが、手ぬぐいを頭に巻き、温かいお茶の入った急須を片手に温かく見守っていた。
「レオン様、ルシア様、お茶の温度は完璧に保っております。ですが、あまり無理をしてこたつから上半身を出しすぎないようにお気をつけください」
「おっ、ブラッド、ナイスアシスト。じゃあ、試合開始!」
レオンの合図とともに、前代未聞の「だらだら耐久ミカン対決」がゴングを鳴らした。
ルールは極めてシンプルかつ残酷だった。
「こたつから絶対に出てはならない」。
そのため、手の届く範囲にあるミカンをいかに優雅に確保し、皮を剥き、一滴の汁もこぼさずに口へ運ぶかが勝敗の分かれ目となる。少しでも無理な体勢をとれば、こたつの魔力(心地よさの引力)に負けてバランスを崩し、即座にゲームオーバーとなるのだ。
「ふふん、まずは一手目……!」
ルシアは華奢な指先を器用に使い、目の前のミカンの皮をスルスルと綺麗に剥き始めた。無駄な力を一切使わない、まさに魔王の統率力を思わせる流れるような指さばきである。白い筋を丁寧に取ると、一気に一口でパクッとかじりついた。
「んまぁぁぁぁーーーーっっ!! 甘い! ジューシー! これぞ冬の極楽……!」
ルシアは幸福のあまり、白目を剥きそうになりながらこたつの布団の上をゴロゴロと転がった。ただし、下半身は絶対にこたつから出さないという鉄の意志を死守している。
「くっ、やるなルシア……!」
対するレオンは、少し離れたところにあるミカンを取るために、上半身をぐぐっと限界まで横に伸ばした。しかし、あともう一息というところで、こたつの温かさが全身の筋肉をフニャフニャに弛緩させる。
「あ……だめだ……これ以上体を伸ばすと、全エネルギーがゼロになる……!」
レオンはあえなく体を元の体制に戻し、近くにあったミカンを一つ手に取った。
「こうなったら、じっくりと味わって剥いてやる……!」
ポキポキと指を鳴らし(鳴らないが)、レオンも負けじとミカンの皮を剥き始めた。
外の世界では、勇者パーティーがダンジョンの重力に押し潰され、新魔王軍の残党が混乱の渦に巻き込まれているというのに、この村の居間だけは、ミカンの皮の弾ける音と、二人の気の抜けた歓声だけが平和に響き渡っていた。
「ねえレオン、これ、どっちが勝ったとしても、最終的に得をするのは二人ともこたつでミカンを食べ続けられる私たちだけよね?」
「んー……確かに。勝敗とかどうでもいいから、このまま春まで冬眠したくなってきたな」
「それ、大賛成。来年の春まで、いや、一生このままでいいわ……」
二人は途中で勝負を放棄し、仲良くミカンの山を半分こに分け合うと、そのままこたつに上半身をペタリと預けて、トロトロの笑顔で一緒にまどろみ始めた。
ブラッドは呆れたように苦笑いを浮かべると、二人そっと温かい毛布を肩までかけてやった。
「まったく……このお二人を見ていると、世界を救うとか滅ぼすとか、そういう争いがどれほど馬鹿馬鹿しいことか思い知らされますね」
外の世界がどれほど激動の嵐に見舞われようとも、この小さな農村のコタツ部屋には、今日も世界で一番平和で、最高に堕落した幸福な時間が流れていた。




