19 第4章:残された勇者パーティの変異
第4章 第4節
深層ダンジョン「黄昏の回廊」の冷たく湿った石畳の上で、骸骨兵の錆びた剣が迫り来る絶望の中、剣聖レイガーとかつての輝きを失った聖女マリアは、泥まみれになりながら息も絶え絶えになっていた。
奇跡的に、通りすがりの別の冒険者パーティーが騒ぎを聞きつけて駆けつけ、どうにかアンデッドの群れを追い払ってくれたおかげで、二人は命からがら王都の安全な宿舎へと逃げ帰ることができた。
現在、ふかふかの高級ベッドに横たわり、全身に湿布を貼られたレイガーは、天井を見つめたまま虚ろな目をしていた。隣の部屋からは、マリアが疲労とストレスで高熱を出し、うわ言のようにうなされている声がかすかに漏れ聞こえている。
「……ありえない……。こんなことが、あってたまるか……」
レイガーは両手で自分の顔を覆い、荒い息を吐き出した。
ダンジョンでのあの異常な重力、鉛のように動かない腕、燃費が最悪どころか文字通り消滅した回復魔法、そして、たった数匹の雑魚スライムにすら圧倒されるほどの無力感。
王国最強と謳われ、数々の魔物を屠ってきた自分たちが、なぜここまで弱体化してしまったのか。その理由を考えまいとしても、冷徹な現実が頭から離れなかった。
(俺たちの体に、何が起きた……? なぜ、これほどまでに体が重い? なぜ、魔力がスムーズに通らない……?)
これまでの旅路を振り返る。
魔王城へ向けて出発してからの日々。いつも自分たちは万全のコンディションで、どんな過酷な環境であっても疲労知らずで戦い続けることができていた。強敵との戦いでも、一撃ごとに体が軽く、まるで天から加護を受けているかのような圧倒的な「超バフ」が常時全身を巡っていた。
当時、レイガーやマリアはそれをこう信じ込んでいた。
――自分たちの才能が優れているからだ。自分たちは神に選ばれた特権階級であり、努力の結晶としてこの常時超バフの境地に達しているのだ、と。
だからこそ、「派手な技が使えない」「地味で役立たずだ」という理由だけで、レオンを迷いなくパーティーから切り捨てた。あいつがいなくても、自分たちのこの圧倒的な才能と実力があれば、世界を救うことなど朝飯前だと本気で信じ込んでいたのだ。
だが、どうだ。
レオンを追い出し、二人だけでパーティーを組んで挑んだ最初のダンジョンで、彼らは泥を舐め、雑魚に殺されかけた。あの男がパーティーを去った瞬間から、世界中のあらゆる物理法則や環境が、まるで牙をむくように自分たちを押し潰しにかかってきている。
(まさか……!)
レイガーの脳裏に、ぞっとするような、しかしあまりにも辻褄が合いすぎる一つの仮説が稲妻のように走り抜けた。
(まさか、俺たちを支えていたあの異常なまでの軽快さ、疲労のなさ、魔法の効率の良さ……そのすべての「超バフ」は、自分たちの才能なんかじゃなくて……あいつ、レオンの存在によるものだったのか……!?)
あの地味で、いつもぼんやりしていて、大した魔法も使えなかった男。その存在そのものが、パーティー全体の環境や能力を極限まで底上げする「規格外のチートオーラ」を放ち続けていたのではないか。
もしそれが本当だとしたら、自分たちは、自分たちの足元を支えていた唯一無二の土台を、自らの手で放り投げ、奈落の底へと飛び降りたことになる。
「……っ! そんなはず、あるか……っ!!」
レイガーは恐怖と否定のあまり、ベッドの上でガバッと跳ね起きた。
あまりの激しい動きに全身の筋肉が悲鳴を上げ、彼は「ぐっ……!」と顔を歪めてベッドに倒れ込む。しかし、心のざわめきは収まらなかった。
「あいつはレオンだぞ! 剣技の才能もなく、派手な大魔法も使えず、ただ地味に敵の隙を突くだけの、何の取り柄もない役立たずの雑魚だぞ! そんな男に、俺たちのような選ばれた英雄の運命を左右するほどの力があるわけがない……!」
レイガーは必死に頭をぶんぶんと振り、その不吉な仮説を脳内から力ずくで追い払おうとした。
認められるはずがなかった。もし「レオンが要だった」と認めてしまえば、自分たちのこれまでの傲慢さ、理不尽な追放劇、そして自らの愚かさのすべてが否定されることになる。プライドの高い剣聖にとって、それは死よりも耐え難い屈辱だった。
「そうだ……偶然だ。今回はたまたま、あのダンジョンの相性が悪かっただけだ。魔力の流れが滞る呪いの土地だったか、あるいは俺たちのコンディションがたまたま最悪だっただけだ……!」
レイガーは荒い息を整えながら、自分にそう言い聞かせた。都合の良い言い訳をかき集め、不都合な真実に蓋をする。
「レオンは雑魚だ。あんな田舎の片隅で、今頃寒さに震えながら恐怖に怯えているに違いない。俺たちが後悔するなど、ありえない……!」
そう現実逃避を決め込んだレイガーは、震える手で毛布を頭まですっぽりと被り、見たくない現実から目を背けるように、無理やり眠りにつこうとした。
しかし、どれだけ頭の中で「あいつは雑魚だ」と繰り返しても、ダンジョンの底知れぬ重さと、失われた超バフの冷たさは、彼の心と体をいつまでも凍えさせ続けたのだった。




