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02 第1章:クビになった勇者と、クーデターに遭った魔王

02 第1章:クビになった勇者と、クーデターに遭った魔王


第1章 第2節


漆黒の闇に包まれた魔王城。その最奥に位置する謁見の間は、本来であれば恐怖と絶望が支配するべき不気味な空間であるはずだった。しかし、現在のそこから漂っていたのは、緊張感のかけらもない、妙に生活感に満ちた緩慢な空気だった。


玉座に深々と腰掛け、いや、もたれかかるようにしてダラダラと座っているのは、魔王軍の頂点に君臨する最高権力者、魔王ルシアである。

艶やかな銀髪を無造作に揺らし、血のように赤い瞳には覇気が全く宿っていない。彼女が着ている豪華な漆黒のドレスは、今やパジャマ代わりのようにくしゃくしゃになっており、片手には魔界で大流行している高級フルーツの皮が転がっていた。


「あー……めんどくさい。今日も今日とて、世界征服とかいう人類相手の面倒くさいイベントをやらなきゃいけないの? マジでダルいんですけど……」


ルシアが盛大なため息をついたその瞬間、謁見の間の重厚な扉がガチャンと音を立てて乱暴に押し開かれた。

「そこまでだ、ルシア!」


鋭い声とともに現れたのは、最近頭角を現した若手魔王軍幹部たちだった。先頭に立っているのは、血気盛んな若き竜人族の将軍であり、クーデターの首謀者であるガルドルである。その背後には、冷酷な眼差しを向ける闇の魔法使いや、野心に満ちた数体の側近たちが控えていた。


「お前のその不真面目な態度、我々はもう見過ごすわけにはいかない!」

ガルドルは憤然と拳を突き出し、玉座のルシアを指弾した。


「なんだよガルドル。朝っぱらからそんな大声出して。こっちは昨日の夜更かしがたたって、まだ頭がボーッとしてるんだから静かにしてよ」

ルシアは面倒くさそうに耳をほじりながら、あくびを噛み殺した。その態度が、若手幹部たちの逆鱗にさらに油を注ぐことになった。


「ふざけるな! 魔王としての威厳が微塵もないぞ! お前が玉座でゴロゴロしてミカンを食べている間にも、人間どもの王国は虎視眈々と我々を狙っているというのに、お前はここ数ヶ月、一度も人類討伐の号令を出していない!」

「だって、人間を滅ぼすとかマジでめんどくさいんだもん。下手に戦争なんか始めたら、こっちの兵士も疲れるし、城の掃除も大変だし、何より私の睡眠時間が削られるじゃん。平和が一番だよ、平和。共存共栄ってやつ?」


ルシアが心底どうでもよさそうに言い放つと、ガルドルは怒りのあまり顔を真っ赤に染めた。

「き、共存共栄だと……!? 我ら魔族の誇りはどこへ行った! 魔王たる者が『人間と仲良くしよう』などと言い出すとは言語道断! そんな覇気のない、怠け者の魔王など、我が魔王軍には不要だ!!」


「えっ? 不要なの?」

「そうだ! 今すぐその玉座から降りてもらう! 我ら若手幹部が新たな魔王を擁立し、今度こそ全人類を根絶やしにしてやるのだ!」


ガルドルの合図とともに、周囲の若手幹部たちが一斉に魔力を解放し、禍々しい圧力を部屋中に満たしていく。本来であれば、魔王の威圧の前に誰もがひれ伏すはずの状況だった。しかし、当のルシアはというと――。


「……えー。マジで? 私、クビってこと?」

「そうだ! 貴様は今日をもって魔王を解任される! 今すぐこの魔王城から立ち去るがいい!」


ルシアはしばらくきょとんとした顔で天井を見上げていたが、次の瞬間、パッと表情を明るくさせ、嬉しそうに両手を叩いた。

スメルやプレッシャーの漂う殺気立った空間とは裏腹に、彼女の瞳には輝くような解放感が満ちていた。


「やったぁぁぁぁぁーーーっ!! ついに、ついにあのめんどくさい世界征服のプレッシャーから解放されたぁ!!」

「……は? なんだと?」


予想外すぎるルシアの歓喜の反応に、ガルドルたちは完全に気宇を削がれ、拍子抜けしたように間抜けな声を漏らした。


「いやさ、毎日毎日『魔王様、次の方針は!』『人間の勇者が攻めてきています!』って報告聞くだけで胃に穴が開きそうだったんだよ! 誰が好んで世界なんか滅ぼすか! 私はね、もっとこう、日の当たるところで昼寝をしたり、美味しいものを食べたり、ただだらだらと暮らしたかったんだよ!」

ルシアは玉座からよいしょ、と投げやりな足取りで立ち上がると、愛用のクッションを脇に抱え、さっさと出口に向かって歩き出した。


「じゃあねみんな! 新しい魔王の仕事、せいぜい頑張ってね! 私はもう自由だーーー!」

「ちょ、待てルシア! お前、追放されているというのに、なぜそんなに清々しい顔をしているのだ……!?」

「当たり前でしょ! クビにしてくれてありがとう、マジで感謝するわ!」


ルシアは振り返りもせず、ヒラヒラと手を振りながら、堂々と魔王城の正門へと歩いていった。

最強の力と絶大な権力を持ちながらも、その本質はただの「筋金入りのめんどくさがり屋」であった魔王ルシア。こうして彼女は、部下たちの手によって意図せず「自由の身」となり、誰もが予想もしなかった新たな人生の旅路(という名の逃避行)へと、軽やかな足取りで踏み出していくのだった。

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