16 第4章:残された勇者パーティの変異
第4章 第1節
王都の奥深く、気品と威厳に満ちた勇者パーティーの特別作戦室。
分厚いヴェルヴェットのカーテンが閉ざされたその部屋は、外部の喧騒を遮断し、重苦しい静寂に包まれていた。
「……ねえ、レイガー」
窓の外を流れる雲をぼんやりと眺めながら、聖女マリアが冷ややかな声音で口を開いた。その瞳には、隠しきれない焦燥の色がかすかに揺れている。
「どういうことなの? ブラッドからの連絡が、もう何日も途絶えているけれど」
テーブルの中央にドンと置かれた高級な聖剣に寄りかかりながら、剣聖レイガーは腕を組み、不機嫌そうに眉間を寄せた。
「決まっているだろう。あの裏社会で最強と謳われた暗殺者ブラッドだ。標的であるレオンを暗殺し、その証拠隠滅や後始末に手間取っているだけさ」
「でも、もう五日が経過しているのよ。ブラッドほどの腕利きなら、どんな田舎の農家であっても一晩で仕事を終わらせ、すぐに私たちのもとへ『完了した』と報告の鳩を飛ばすはずよ。それが、ここまで音沙汰なしなんて……」
マリアの胸騒ぎは、日に日に大きくなっていた。
レオンを追放してからのパーティーは、なぜかちぐはぐだった。剣の重み、魔法の燃費の悪さ、そして得体の知れない疲労感。自分たちの実力が落ちているとは微塵も思いたくないが、レオンという「足手まとい」を消し去ればすべてが元通りになるはずだったのだ。そのための切り札として送り込んだのが、闇の殺人鬼ブラッドである。
「まさか……あんな無能なレオンに、ブラッドが返り討ちに遭ったとでも言うつもりか?」
レイガーは鼻で笑い、不敵な笑みを浮かべようとしたが、その声のトーンにはわずかな動揺が混じっていた。
「まさか、そんなバカなことがあるか。レオンの戦闘力など知れている。派手な魔法も使えず、ただコソコソと敵の隙をつくだけの地味な男だ。暗殺者の不意打ちを防げるわけがない」
「だけど……!」
マリアが言い返そうとしたその時、部屋の扉がノックもなしに勢いよく開けられた。
「失礼します!」
息を切らせて飛び込んできたのは、パーティー専属の情报収集担当の従者だった。彼は青い顔をし、冷や汗を流しながら一枚の羊皮紙を差し出した。
「どうしたの、そんなに慌てて」
マリアが咎めるように問うと、従者は震える声で答えた。
「は、報告いたします! 裏社会のギルドを通じて、ブラッドの動向を極秘裏に探らせていたのですが……結論から申し上げますと、ブラッドの行方が完全に分からなくなっております!」
「行方が分からないだと?」レイガーが眉をひそめた。「任務を放棄して逃げたというのか?」
「い、いえ……それが、逃げたというのとも少し違うのです。ブラッドの拠点やアトリエを影の者たちが調べたところ、武器や暗殺用の道具はすべてそのまま残されており、本人の気配だけがプッツリと途絶えていると……。まるで、この世から忽然と消え去ったかのように」
「消え去った……?」
マリアは息を呑んだ。最強の暗殺者が、痕跡を残さずに消えるなどあり得ない。
「まさか、本当にレオンに……?」
レイガーの脳裏に、かつて共に旅をしていたレオンの姿がよぎった。あのときは「地味で何の役にも立たない男」と切り捨てたが、いま振り返ると、レオンがいるときは不思議とあらゆるトラブルや魔物の奇襲が綺麗に回避されていた。もし、あの男の持つ力が、自分たちの想像を絶する「何か」だったとしたら――。
「いや、そんなはずはない!」
レイガーは頭をぶんぶんと振り、自身の恐怖心をかき消すように声を荒げた。
「レオンはただの足手まといだ! ブラッドが消えたのは、別の組織の陰謀か、あるいは単に別の高額な仕事に横取りされただけだ! あんな田舎のボロ家にこもっている男に、そんな大層なことができるわけがない!」
マリアもまた、レイガーの言葉に同調するようにうなずいた。
「そうよ、そうに決まっているわ。私たちが選んだ道が間違っていたわけがないもの……」
しかし、二人の心の内には、言い知れぬ不安の影が重く、冷たく落ち込んでいた。
暗殺者からの連絡が途絶えたその裏で、自分たちが「追放した男」のいる農村が、いかに恐るべき「極楽の沼」へと変貌を遂げているか、彼らはまだ知る由もなかった。




